【スタートアップ「ガバナンスの乱」】硬骨の社外取締役を排除した創業社長#2
ガバナンスを主張する社外取締役を排除
「1人の社外取締役について、株主から退任の要請を受けている」
株主総会の時期が近くなり、社長は唐突に副社長に切り出した。
「社外取締役に就任してもらいたい候補者がいる。近いうちに、会ってもらいたい」
あまりにも予定調和な流れだった。すでに社外取締役は2名おり、仮にIPO(新規株式公開)が達成できた後も特段問題のない体制であったが、取締役会における数的優位を構築するため、自身の色のついた社外取締役の獲得に動き出したのであった。そして、新任候補者就任に向けた動きの裏では、さらに踏み込んだ仕掛けが進行していた。
「主要株主から退任の要請を受けている。任期満了で、退任してもらいたい」
ターゲットとしたその社外取締役に対し、社長は迫った。この社外取は、今回の騒動を知り、社員向けのインタビューをしたいとの申し出をしていた。そして、社員からのヒアリングを踏まえて経営陣に対し、社内の風通しの悪さ、IPO後の成長戦略の欠如を指摘していた。主要株主に対しても、今回の事態や足もとの業績、脆弱な管理体制を理由に早期IPOには否定的な意見を伝えていた。当然ながら、一刻も早いIPOによってイグジット(資金化)したい株主と利害が一致するわけがない。
職業倫理もプライドもあるが、創業社長や主要株主に理解されてない中で、踏み止まる理由は見当たらない。居続けることが自身のキャリアのリスクにもなる。退任を受け入れた。
一方、社長は近い社員に対し、社外取締役退任の経緯をこう言ってのけた。
「あの社外取締役がガバナンスを声高に主張し、リスクテイクしないことによって、経営の意思決定がスピーディーにできなくなる。“空気”を読んでもらわないと、社外取として置いておくこと自体がリスクになる。だから、これ以上、彼を置いておけない」
もはや何を言っているのか、分からない。ガバナンスとリスクテイクは天秤にかけるものではない。
経営者のガバナンス意識の醸成を含めた内部管理体制の構築を優先させる方が、会社の中長期の成長やリスク低減につながる。しかも、スタートアップにおいても、そうしたガバナンスの強化は時代の要請なのである。こうしたガバナンスの欠如が、上場をゴールとするばかりで、健全なスタートアップが日本で育ってこなかったことの真因ではなかったか。
しかし、トップの意識や株主の意識を変えるのは、あまりに難しい。そして、この創業社長の逆襲が会社をさらにIPOから遠ざけることになる。
(#3に続く)
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