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第4回【佐藤隆文×八田進二#4】会社と経営者に求められる“4つの力”とインテグリティ

一部の不適格企業のために日本市場の信頼を損ねてはならない

八田進二・青山学院大学名誉教授

八田 繰り返しになりますが(#1記事および#2記事参照)、こういったさまざまな課題に対応するため、佐藤さんが東証の市場規制部門のトップを務めておられた時代に、エクイティ・ファイナンス、不祥事対応、不祥事予防の合計3つのプリンシプルが誕生しています。どういった経緯だったのでしょうか。

佐藤 不祥事が生成される誘因はどんな組織にも常に存在しますから、不祥事をゼロにすることは不可能だということを、経営者は強く自覚することが第一歩です。問題は生成される不祥事を早い段階で発見して、その芽を摘み取れるかどうかです。免疫力を鍛える、それを常時活性化しておく、謂わば、がん細胞に立ち向かうようなイメージですね。プリンシプルを作ったきっかけは、時系列的に、その少し前に東証上場会社の間で不祥事が頻発したからです。

また、不祥事を起こした会社によくあるケースとして、経営トップに信頼性や一貫性がなく、経営者としての顔も見えないというパターンがありました。また、そういう経営者はしばしば、自分に好意的な「専門家」を集めて名ばかりの第三者委員会を設置し、自分には重い責任がなかったというような結論の報告書を書かせる。それで禊が済んだような顔をする。不祥事が発生した根本原因に迫ろうとしないわけです。そして、そういう会社はしばらくすると、また同じ過ちを犯す。こういったことを含め、色々な不祥事が業種横断的に頻発したので、不祥事が起きたら根本的な原因究明を行い、それに即した再発防止策を策定・実行し、企業価値の再生修復に速やかに取り組んでください、というメッセージと実務の指針を発信するために2016年2月に『不祥事対応のプリンシプル』を策定しました。

八田 上場会社がそんな状態では株式市場そのものの信頼に関わりますよね。

佐藤 おっしゃるとおりです。一部の不適格企業のために日本の資本市場全体が世界から信頼を失う、といった事態は回避しなければなりません。そういった危機感があって、不祥事が起きにくい、起きても深刻なものにならないための仕組みを全上場会社にビルトインしてもらいたい。そういう思いでしたね。実際には、上述『対応プリンシプル』策定後も企業不祥事は頻繁に顕在化したため、今度は予防に重点を置いた『不祥事予防のプリンシプル』を2018年3月に策定しました。

また、ルール・ベースにせず、プリンシプル・ベースの形にしたのは、ルール・ベースでは成し得ない、根本的な価値観や規範を広く浸透させたいと考えたからです。だからと言って、ルール・ベースを軽んじているわけではなく、ルールとプリンシプルが相互補完的に働き施策の実効性を高めることを狙ったということです。

八田 私はプリンシプル・ベースというのは日本人のメンタリティにすごく合っていると常々思っています。多民族国家、特にアメリカではそれぞれ価値観が全く異なる人たちの集合体であるだけに、微に入り細に入りルール化しないと混乱すると思います。一方、日本はルール・ベースだと、逆に思考停止に陥ってしまうということを経験済みです。

佐藤 日本の社会には近江商人の「三方良し」の考え方であるとか、「(悪いことをすると)お天道様が見ている」とか、「惻隠の情」といった概念が深く根を下ろしています。ですから、法律で許される、許されないという世界とは別に、望ましい姿、あるべき姿に向かって進んでいくのを促すという手法が有効に機能しうると思うんですよ。ただし、これまでに策定されたコードやプリンシプルが、想定した目的どおりに働いているかという点については、冷静かつ謙虚であるべきだと思っています。実態はそんなに甘くないのでしょうね。

八田 最後に日本企業のコーポレートガバナンス向上に向けた提言をお願いできますか。

佐藤 繰り返しになりますが、不祥事はゼロにはならない。だから、不祥事を増殖させない、早い段階で芽を摘むということが最も重要です。そのためには不祥事に対する“免疫力”を高める必要があります。そのための心得として、第1に「気づく力」、第2に「考える力」、第3に「伝える力」、第4に「行動する力」を養うことが肝要だと思います。このプロセスは、不祥事にどう向きあうかという分野だけでなく、広くコーポレートガバナンスの実効性向上のためにも有用です。そしてこの4つの力を発揮し実践していくうえで欠かせないのが職場環境としての「心理的安全性」だということも付け加えておきたいです。

コーポレートガバナンス全般に関わるキーワードとしては、会社としての「インテグリティ」を掲げておきたいです。会社として真摯であり誠実であること、です。言っていることと行なっていることとに齟齬がなく、一貫していること、と置き換えてもよいでしょう。アカウンタビリティを確実に履行できることも重要な要素です。それらを支えるのは、会社としての確固たる理念やパーパス(存在意義)であり、プリンシプル・ベースの確かな規範意識であり、それらを持続的たらしめるものとして経営トップと経営陣のコミットメント、そして社員の誇りと働き甲斐でしょう。

八田 インテグリティという言葉は、なかなか日本語への的確な翻訳がなく、そのまま使われていますけれど、経営層や管理職に必要な、誠実さとか高潔さといった概念ですよね。貴重なお話、ありがとうございました。

(了)

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