第4回【佐藤隆文×八田進二#2】向上した日本企業「コーポレートガバナンス」の光と影
何のための「取締役スキルマトリックス」なのか
八田 このような企業の惰性をどうすれば良いでしょうか。
佐藤 そうですねえ……。美辞麗句が並んで見た目は美しいけれど、内容は乏しい。そうなってはいないか、既往年度に自社が提出したコーポレートガバナンス報告書を会社自身が振り返って検証し評価し直してみる、といったことをやってみては如何でしょうか。
八田 全面的に賛成です。書きっぱなし、言いっぱなし、見せっぱなしが横行しているように思いますから。後から振り返ったら会社の実態と全く合っていない、掲げた高邁な理想は何も実現していない。そうなったら経営者自身が恥ずかしいでしょうし、恥ずべきです。ですから、「わが社のガバナンスは今どうなっていて、それをこうします」と打ち出したら、当然、フォローアップする必要があります。もし結果が全く伴っていなかったとか、そもそも「こうします」がウソで、端から実現する気はなかったということが判明したら、何らかの形でのサンクション(制裁)が必要ではありませんか。
佐藤 私もサンクションはある程度はあったほうが良いとは思いますが、サンクションとして最も機能するのはやはり市場の評価だと思うんですよ。いい加減なことを書き込んでおいて後は“知らん顔”ということになれば、当然、市場の評価は下がります。それで株価が下がって、それが資金調達力や社会的信用の低下を招き、営業成績にも影響を及ぼす。そういう流れが本来は期待されるはずですよね。
ただ、コーポレートガバナンス報告書はプリンシプル・ベースなので、書かれている内容も基本的には、定性的です。財務報告であれば、定量情報ですから、重大な部分で虚偽を含んでいることの証明もできる建付けです。だから、法令に基づいて厳しいサンクションを下すことも出来るわけですが、定性的なものはそうもいきません。やはり、コーポレートガバナンス報告書について、どういう仕組みを作るかは、識者の方々が知恵を出し合って考えていただく必要があるように思います。
八田 確かに、おっしゃるとおりなんですよね。内部統制の有効性の評価も、実は基本的要素の中に「統制環境」という考え方があって、トップの倫理観とか哲学とか、経営方針とか、そういうものを評価しようとすると、定量的な指標がありません。実際のところ、内部統制が有効に機能しているかどうかを判断する場合、それが机上で作り上げられたものなのか、企業の現場で議論を重ねた結果の集大成であるかどうかで、行間からにじみ出てくる雰囲気からわかるものです。
ところが、いざ制裁の対象とするには、結局のところ、定量的で明確な基準が必要になってしまう。このあたりは堂々巡りですね。とはいえ、定性面は非常に重要なことに変わりはありません。たとえばですが、近年、株主総会の招集通知に取締役候補者の「スキルマトリックス」を載せていますよね。それが結構いい加減だったりするんです。
佐藤 スキルマトリックスで言うならば、たとえば社外取締役の選任議案の説明には、単にマトリックス表にマルを付けるというだけでなく、その人が持つ専門性、意欲、見識、志(こころざし)を説明したうえで、そういう資質を持った取締役の方々が議論し合うことで化学反応が起き、こういう結果が出るんだというところまで説明できることが理想かもしれません。2~3年経った時点で、取締役のスキルの組合わせによって取締役会がどうポジティブな成果をもたらしたのかも説明できれば説得力が高いのでしょうね。言うは易く行なうは難し、かもしれませんが。
八田 たとえば、弁護士や公認会計士。いずれも法律にせよ会計にせよ、得意な分野があるわけですし、意欲、能力の上でも個人差が大きいわけですから、肩書から想像できるざっくりした項目にマルを書いて終わりではないはずです。そもそも、社外取締役のオプションとして弁護士や会計士、さらには元官僚や学者を入れておけばOKというような風潮がありますが、取締役のミッションって、そのような専門性ではないと私は思っています。
佐藤 取締役の使命は経営の監督ですからね。
八田 そのとおりです。仮に専門家を必要としているのであれば、必要な分野の専門家については、別途、顧問やアドバイザーなどの形で雇えば済むと思うんですよ。
佐藤 一理ありますね。私は執行側と監督側、その双方に専門家がいるということは悪いことではないと思っています。もちろん、取締役側にいる専門家は経営の監督役だという前提で、です。
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