第10回【磯山友幸×八田進二#1】ガバナンス敗戦「失われた30年」の取材風景
ジャニーズ、ビッグモーター「銀行は何をしていたのか」
八田 ところで、先ほど磯山さんがおっしゃった通り、日本におけるガバナンス議論の直接的なきっかけは企業の不祥事です。しかし日本では、「4000社弱もある上場企業の中のごく一部の企業であり、そう目くじらを立てることではないではないか?」という認識の人も多い。他方、海外に出ると、2015年の東芝の粉飾決算などは「日本を代表する世界企業がこのレベルか?」となります。このあたりの国内外の認識の違いについては、どう思われますか。
磯山 僕は「腐ったリンゴの議論」と言っていますが、結局、リンゴ箱の中に腐ったリンゴが1個でもあると全体が腐ってしまう。不祥事を起こした1社だけを上場廃止にするのはかわいそうだという見方がありますが、腐ったリンゴを排除することは絶対に必要なのです。だから、ガバナンスを考えるうえで「1社だけの問題だからいいではないか」という議論は絶対にしてはいけない。そういうお目こぼしをやると、業界、そして日本の企業社会全体が信頼を失うことになりかねません。
八田 そもそも、不祥事として想定されていたのは会計不正、すなわち粉飾決算です。あるいは会計以外の上場企業による独占禁止法違反や談合、データ不正といった企業不正も発覚しています。しかし、近年、この「不祥事」という言葉自体が多様化して、あらゆる組織、あらゆる領域で多様化した不祥事が発生しています。そのような意味で、最近のビッグモーターとか、ジャニーズ事務所の不祥事についてはどう考えられますか。
磯山 これらは上場企業ではありませんが、なぜ、かくもこうした大きな会社になり、社会的に影響を及ぼす企業になってしまったのか。やはり、銀行による融資が成長の原動力になったわけで、そういう意味で銀行は貸し手責任を負っています。ただし、高度経済成長期は銀行による金融のガバナンス機能が働いていたのに、低金利のこの時代、それが効かなくなった。結果、ビッグモーターのように、事実上1人の株主があれほどの規模の会社を全部支配できるようになってしまったのだと思います。
一方のジャニーズは決算書の中身が全然出てこないので、どういう状況か分かりませんが、運転資金などを含めて銀行が資金を融資しているのは明白です。だから、銀行からは「看板(社名)を掛け替えてくれないと融資できません」っていう話があって然るべき。しかし、融資元である金融機関の名前すら出て来ません。メディアもその点をもっと批判したほうがいいんじゃないですか。
八田 「ガバナンス」という言葉が日常的に使われていますが、本来、所有と経営が分離された上場企業を中心とした問題です。ところが、ビッグモーターとジャニーズ事務所は非上場にもかかわらず、社会性・公共性は高い。だから、誰かが監視しないといけないわけですが、その体制はあまりに脆弱ですね。
磯山 ビッグモーターは会社法上の「大会社」(資本金5億円以上または負債200億円以上)なので、本来は会計監査人の監査を入れる必要がありました。でも、法的に抜け穴だらけで、有名無実になっている。かつて地方の大手同族企業が倒産した際も、大会社なのに会計監査人が入っていませんでした。しかも、メインバンクは、本当なのか分かりませんが、知らぬ存ぜぬでしたね。やはり、監査制度を立て直す議論が必要ですが、そういう雰囲気が薄いのは残念です。
八田進二教授の「磯山友幸氏との対談を終えて」
1990年代初頭、磯山友幸氏が日本経済新聞の気鋭の記者として、会計および監査周りの取材をされていた時に、元日本公認会計士協会会長の川北博氏の紹介で出会うこととなった。同氏は、当初から、「会計」とは企業の「強さ」を測る方法のことであり,その強さを図る具体的なモノサシが「会計基準」であるとの理解から、会計基準は、正にビジネス社会のルールであると喝破していたのである。
しかし、わが国の場合、会計教育の現場でも、会計基準は「実務上の公正な会計慣行」ということで、帰納法的に制定されるものだとの理解が浸透しており、世界共通のモノサシである国際会計基準の受け入れ対しては、多くの拒絶反応を示していたのである。こうした否定的なわが国の対応に警鐘を鳴らすべく、同氏が上梓したのが『国際会計基準戦争』(日経BP、2002年10月)であったが、結局は、その後の国際会計基準設定プロセスにおけるわが国の存在感および影響力は著しく低下し、かつ、国力の低下もあり、周回遅れの会計基準に対する批判が増幅していったのである。
磯山氏は、折に触れ、わが国の会計および監査制度に対する信頼性の向上に向け、多くの傾聴に値する提言および主張を行ってきている。私自身、そうした問題提起の延長線上で、当然のように、健全な企業ガバナンスの在り様などについて取材を受ける立場にあったことから、互いに刺激を受け合う関係が続いているのである。
磯山氏は、フリージャーナリストとして、会計・監査・ガバナンスの問題に限らず、地方創生や事業承継問題、更には次世代後継者育成等についての提言も多い。また、現在は、大学教員として、ビジネスリテラシーの一環としてのガバナンス論の講義も担当されており、ガバナンスに関する基礎教育の重要性を体得されているものと思われる。
今回の対談でも、30年近い我々二人の交友期間を振り返りながら、多くの点で刺激を受ける話を伺うことができた。
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