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第10回【磯山友幸×八田進二#1】ガバナンス敗戦「失われた30年」の取材風景

八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物と「ガバナンス」をテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第10回目のゲストは、経済ジャーナリストで千葉商科大学教授の磯山友幸氏。日本経済新聞の記者としてバブル期における日本企業の乱脈経営の取材を皮切りに、主にマーケット、会計制度などの分野で表裏両面から日本経済の「失われた30年」を取材してきた。そんな硬派ジャーナリスト、磯山氏の考えるガバナンスの実相とは――。

取材の原点はバブル不祥事と国際会計基準

八田進二 磯山さんとは日本経済新聞の記者だった時に取材を受けて以来、ずっとお付き合いをさせていただいています。現在も“硬派ジャーナリスト”として、そして大学教授として活躍されていますが、ガバナンスに強い関心を抱かれたのには、どういう経緯があったのでしょうか。

磯山友幸 僕の記者人生というのは、今で言う「ガバナンス」の問題と一緒に歩んできたようなところがあります。日経に入社したのが1987年で、最初に大阪に配属されました。まさにバブル経済真っ盛りの時期。特に大阪では酷かったのですが、いわゆる裏世界の住人たちが表に出て来て、企業にどんどん侵食していった。代表取締役の座を簒奪したり、手形を乱発してその会社の不動産を売却したり……。仕手筋などが帳簿閲覧権行使や株主代表訴訟など、商法などの知識をフルに使って上場企業を食いものにしていくのを目の当たりにしました。

八田 当時の経営者からすると、想定外の出来事だったかもしれませんが、そもそもはマーケットの問題。株式を取得した以上、誰にでも株主の権利があって、どうやって株主に利益還元をしていくかということです。ただ、バブル期以前の日本の経営者にはその点で危機意識がありませんでしたよね。シャンシャン総会に象徴されるように、慣れ合いの中で経営がなされてきたので、裏社会の住人たちが直接的に企業を侵食してくることに免疫がなかった。

磯山 そうですね。当時、社長は企業においてオールマイティーで、何でもできるという感覚がありました。一方で、株式の持ち合いなどがあって、株主も形式的な存在でしかありませんでした。ガバナンスの議論など全くなくて、「社長が全てを決められるのが会社だ」というのが当たり前の時代。それに目をつけたのが裏社会で、代表取締役の判子さえ押されていれば何でもできる。そうやって上場企業で不祥事が相次ぎました。

要は「ガバナンス不全」が原因だったわけです。そしてバブルが崩壊すると、ガバナンスをめぐる議論が少しずつ出てきた。1992、93年頃からでしょうか。その頃からいよいよ日本にもガバナンスという考えが入ってきたという雰囲気ですね。

八田 バブル崩壊で元気の良い日本企業がいなくなってしまい、新たな課題が、国際社会から日本に突き付けられました。そのひとつが日本の会計基準の問題です。実際、国際的な視点から見ると、あまりにも日本の会計基準は世界の流れに乗り遅れていた。その会計基準について、磯山さんは早い段階から注目されていましたよね?

磯山 はい。僕が会計基準に関心を持ったきっかけは白鳥栄一さんです。1993年、日本人で初めて国際会計基準委員会(IASC)の議長を引き受けたという人で、「ミスター国際会計基準」とも呼ばれた。白鳥さんは1998年に亡くなられるのですが、「このままだと日本は沈む」と常々おっしゃっていました。日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、日本企業は最強だと思っているけど、それは“物差し”が違っているから強く見えるんであって、世界標準に合わせたら、実は日本経済は強くないかもしれない。そういうお考えでしたね。ただ、当時、経済界も行政も国際会計基準には見向きもしていませんでした。

八田 世界と同じメジャーを使わなきゃいけないのに、日本だけ違うメジャーで測って対等だという議論は通らないと。これはわれわれ学界から見ても、非常に斬新だったわけです。というのも、日本の会計の世界は、「会計基準というものは実務の中から慣習として発達したものを要約したもの」ということで、情緒的に会計基準を議論していました。そういったものでなくて、必要なのは“客観的な物差し”なのだと。これはまさに会計の世界ではパラダイム転換に近いぐらいに刺激的でした。ただ、残念ながら、それは当時としては小さな声に過ぎなかったのですが……。

磯山 会計基準については、日経新聞の中でも関心を持っているのは証券部(現金融・市場ユニット)くらいでした。産業部(現ビジネス報道ユニット)とか経済部(現政策報道ユニット)は企業寄りだったり、政治寄りだったりしますが、証券部はマーケットに軸足を置いている部署。だから、マーケットで日本の株価が歪んでいるんじゃないか、何でこんなに日本企業の株価だけ下がるのかとか、そういった議論の時に、やはり会計基準ってのは重要だと。証券部のみんながそう感じていましたね。

磯山友幸氏(撮影=矢澤潤)

八田 日本市場の在り方の見直しという日本版ビッグバン構想、これが1997年です。バブル崩壊後、20世紀最後の1990年代は「失われた10年」で幕を閉じましたが、それが10年で終わらず、平成年代を通して20年、30年と続きました。どこに一番の原因があったと思いますか。

磯山 1995年くらいから企業不祥事が頻繁に起きましたよね。1996年に阪和銀行が戦後初の業務停止命令を受けたり、翌97年には山一證券が自主廃業したりと、次々と日本企業、特に金融機関がバブルの負の遺産で追い詰められていくわけです。なぜこんなことになったのか。

日本企業の決算書とか、ディスクロージャーとか、いわゆるガバナンスの基礎となるツールが全部歪んでいるというのが世の中の共通認識になってきた。だからこそ、逆に会社制度や会計制度を見直さなきゃいけないという制度の議論が動き出した。やはり、きっかけはバブルの後遺症に端を発する企業不祥事ですよね。でも、不祥事を受けて制度を変えようという動きが起きるのは、アメリカでも、イギリスでも同じではあるのですが……。

八田 日本という国は、戦後も欧米社会に追いつけ、追い越せというふうに来ましたが、会社の法的な仕組みとか、会計の基準はそれなりに歴史を持っているわけです。例えば、会社法の歴史は明治時代の商法から始まって今日に至っているし、会計基準も戦後のものながら、一応、国内でずっと培ってきた。だから、国際会計基準と言われても、「日本にはちゃんとしたものがあるではないか」との反発が生じることになったのです。

磯山 まさにそうだと思います。僕などが日本の会計を国際基準に合わせるべきだという記事を書くと、「いや、日本には日本の伝統がある」「日本の会計基準のほうが正しい」という反論をよく受けましたね。僕は、会計基準は最初から“ゲームのルール”だと考えているわけです。ゲームである以上、ルールは力の強い者によって変えられる。ある意味で「戦争」と同じで、「ルールは正しいかどうかではない」と申し上げましたが、著名な学者の先生方は正しいかどうかにこだわっていて、なかなか議論が噛み合いませんでしたね。

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