【米国「フロードスター」列伝#5】親友弁護士コンビの「史上最長インサイダー事件」を誘発した“大手ローファーム”のセキュリティ環境
史上最長インサイダー取引事件と「不正のトライアングル」
インサイダー取引で判決を受け、収監された元弁護士ジョセフ・グルモフセクは、なぜ15年近くの長期間にわたり、不正行為を続けることができたのか。クレッシーの「不正のトライアングル」として知られる3つの要因に、彼が不正に手を染めた心理的なプロセスと、その行動を当てはめてみた。
「不正のトライアングル」は3つの要素、①不正行為を実行する動機(プレッシャー・インセンティブ)、②不正行為の実行を可能あるいは容易にする環境としての機会、そして➂不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情である正当化、で構成される。
(1)動機
競争心と物欲
グルモフセクは、経済的に困窮していたわけではなく、むしろ恵まれていた。しかし、真偽のほどは置くとして、駆け出し時代のインターン先の同期が購入した高級車の資金源がインサイダー取引で不正に得た金であると聞き、「自分も同じことができるかもしれない」という誘惑に駆られた。
「その夜、共同被告(コーンブルム)に電話して同僚の高級車の話をした。その時、どちらのアイデアだったか覚えていないが、明らかに私たちのどちらかが『自分たちもやってみよう』と言った」
グルモフセクがインタビューで語るように、競争心や物欲が、最初の取引を行う動機となり得たことが考えられる。
(2)機会
大手法律事務所の脆弱なセキュリティ
グルモフセクの共犯であるコーンブルムは、法律事務所の職員が無防備に情報を放置している状況や、匿名のパスワードが利用できる状況に乗じて情報を入手した。
「オフィスのドアが開いているかどうかを見て、開いていたら中に入り、机の上やゴミ箱の中に放置された書類を確認した」
コーンブルムは深夜や早朝の法律事務所で無人のデスクの上や、オープンな場所に放置された文書から情報を収集していた。
また、「私たちは“匿名のパスワード”を使ってアクセスしたが、そのパスワードは世界中のオフィスで使い回されていた」という発言もあった。
匿名パスワードとは、パスワードを忘れるなどといった不便性を解消するためなのか、事務所全体で便宜的に統一されており、夜間スタッフのみに割り当てられていたものの、世界中どの拠点でも使用できていたようだ。この仕組みにより、グルモフセクらは誰がどの情報にアクセスしたかを特定されるリスクを回避することができた。
このような法律事務所の脆弱なセキュリティは、彼らに内部情報を得る機会を与え、不正行為をやすやすと実行できる、またとない環境であったと言える。
(3)正当化
「市場全体が不正に染まっている」という歪んだ認識
グルモフセクは、市場での不正が蔓延していると感じ、インサイダー取引は「みんながやっていること」だと認識していた。
「市場全体の倫理に失望したのは……誰かがオプションを10セントで買っていた時だった。その時点で、みんな(不正を)やっていることだと感じ、自分たちもその利益の一部を得るべきだと思った」
自分が投資した銘柄のオプションが市場でタダ同然で購入されている様子を見て、「他の人もインサイダー情報を使っている」と考え、「この市場全体が欺瞞に満ちているので、自分たちも一部の利益を得る権利があると思った」。
このようにグルモフセクは、自身の不正行為は特別なものではなく、株式市場全体のありふれた一部として正当化していた。この歪んだ認識に基づいて、彼は自らの行為も容認されるものだと錯覚し、倫理的葛藤から逃れていたようだ。
*
グルモフセクらの「動機」は、インサイダー取引によって巨額の利益を得ていると噂された同期の華やかな暮らしぶりに触発された点にある。さらに、共犯のコーンブルムの勤務先法律事務所が顧客企業の機密情報を扱いながらも、セキュリティはあまりに脆弱という「機会」があった。そしてグルモフセクは、市場全体が不正に染まっているという歪んだ認識を持ち、自らの行為を業界では日常茶飯事であるとして「正当化」した――と言える。
グルモフセクらの事件から、インサイダー取引がどのように発生しやすいものか、そして倫理的な歯止めがいとも簡単に外れていく様が窺える。
ACFE本部リソース
ACFEアメリカ本部によるグルモフセクへのインタビューは、以下のオンデマンド動画で視聴(有料)できる。
・Conversation with an Insider Trader
ウェビナー(オンデマンド)ACFE Ethics CPE: 2 *すべて英語
https://www.acfe.com/training-events-and-products/self-study-cpe/product-detail?s=conversation-with-an-insider-trader-on-demand-webinar
・DOCUMENTARY SELF-STUDY
Collared: A Story of Insider Trading and White-Collar Crime
ドキュメンタリー動画によるセルフスタディ教材 ACFE Ethics CPE:4 *すべて英語
https://www.acfe.com/training-events-and-products/self-study-cpe/product-detail?s=Collared-A-Story-of-Insider-Trading-and-White-Collar-Crime
(隔週連載、#6は2025年1月24日公開予定)
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