崇高な報告書ではなく“実践に役立つ小冊子”を
経産省が研究会を立ち上げて策定した報告書は法的拘束力のあるものではないが、ときには裁判所が参照して判断枠組みに取り込み、報告書が定めるルール・ガイドラインが事実上、法的な効力に結びつくことがある。それだけに、今回策定されるファミリービジネスに関する報告書も、そのような法的効果が結びつく可能性がある。そのことを踏まえると、慎重を期して策定することが望ましい。
また、ガバナンスの規範を策定できたとしても、同族経営企業の経営者の関心を集めるかというと、そうとは限らないという難題もある。同族経営企業で迅速な意思決定が可能なのは、経営者に対する規律付けけが働かず、ガバナンスが脆弱な状況であっても、経営トップが自らの判断で業務執行などを決定できるからにほかならない。そんな経営者が他のファミリービジネスの良いところを自主的、自発的に目を向けるとは考えにくい。
ファミリービジネス企業の経営者にとっては、他社の成功事例に学ぶことも重要だが、それ以上に失敗事例のほうが他山の石として参照するインセンティブがある可能性も高い。実際、失敗事例については多数の事例の集積や先行研究も多く、客観的な資料が十分にそろっている。
そうであれば、当面は失敗事例を幅広く収集して、何が原因でどのような失敗(破綻、分裂等)をしたかなどを検討、分析し、ファミリービジネスにおいて「してはいけない、べからず集」を作成するほうが、よほど経営者にとって参考になろう。
唐突だが、この研究会を見ていると、なぜか、森川ジョージが『週刊少年マガジン』に連載しているボクシング漫画「はじめの一歩」を思い出した。
連載1500回目前という長期連載の人気漫画で、主人公のいじめられっ子、幕之内一歩がプロボクサーとの出会いをきっかけにボクシングジムに入門する。ジムの鴨川源二会長から言われた「努力した者が全て報われるとは限らないが、成功した者は皆すべからく努力している」という名言を胸に、一歩ずつでも強くなろうと努力を続けてプロボクサーとして成長していく過程が描かれている。
そして「一歩」は、日本フェザー級のチャンピオン、WBCフェザー級ランキングで5位にランクインするまでに成長する。つまり、知見のないフィールドでは、主人公「一歩」のように、踏み出す一歩は小さくても一歩づつ確実に進むのが王道なのである。
ファミリービジネスに適合する、大局的かつ理論的・実践的なガバナンス構築の要諦だって、経産省事務局が用意した資料等を分析するだけで直ぐにできるようなものでない。地道な実証研究に裏打ちされず、経産省事務局資料等の検討・分析のみによって浮かび上がるファミリービジネスのガバナンスなるものは、砂上の楼閣に過ぎないというと厳しいかもしれないが、その程度のものに落ち着くのが想像できてしまうというと、言い過ぎだろうか。
4回のうち2回が終了し、研究会が後半にさしかかっている以上、すでに方向転換はないことは重々承知しつつ、内閣府の中堅企業成長ビジョンにマッチする崇高な報告書を目指すのではなく、幕之内一歩のプロデビュー戦と同様、経営者の食指が伸びるような、堅実かつ実践に役立つ小冊子程度のものこそ求められているのではないか。少なくとも、そういったものを筆者は期待している。
(隔週木曜日連載、#24は8月7日公開予定)