① 検討時間が不足していないか
第1に、研究会の規範策定・公表までの検討時間は十分ではなく、時間不足となる可能性が高い。第1回研究会の資料4(事務局説明資料)によると、4回でファミリーガバナンス規範を公表することが決まっており、3回目には規範案を公表することになっている。
これは、例えば、①今年2月に公表された商事法務の会社法研究会報告書が、会社法に関して見直しを検討すべきテーマにつき意見聴取および論点整理を行い、6回の研究会を経てまとめられ、今年4月より法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会において、改正に向けた審議が開始されていることや、②証券監督者国際機構(IOSCO)が「会計監査の品質確保に向けた監査委員会の取組みを支援するための優良事例」の2019年1月の公表に先立ち、18年4月に「監査委員会による、監査品質を支えるためのグッド・プラクティスに関するコンサルテーション・レポート」を公表し、同年7月までのパブリックコメント期間を経てレポートを確定させる作業を先行させてきたことと対照的である。
もちろん、ハードローである会社法の改正が重厚な手続きとなることは当然としても、IOSCOがベストプラクティス(優良事例集)の公表でもそれなりに周到な準備をしているのと比べると、十分な知見がない分野で4回程度の研究会で議論をしたところで、規範を策定するだけの熟度のある議論が尽くせるとは思えない。
② 同族経営の「固有の特徴」を見過ごしていないか
第2に、ファミリーガバナンス規範に盛り込む項目として経産省事務局によって用意されたものが、十分に練り上げられたものとは必ずしもいえない可能性があることだ。
規範に盛り込む項目として、第2回研究会の資料3(事務局説明資料)には、「基本項目」として
① ファミリービジネスの持続的成長に向けた理念・価値観・ビジョン等に関する事項
② ファミリービジネスに対する関与方針に関する事項(公私混同の防止等の方針等)
③ ファミリービジネスの所有・経営の承継に関する事項(資本政策や後継者選定・育成の方針等)
そして「任意項目」として
④ ファミリーとしての意思決定の仕組みの設計に関する事項(ファミリー集会・ファミリー評議会等)
⑤ ファミリー外のステークホルダーへの情報発信に関する事項(従業員・取引先・地域社会等)
という5つの項目が掲げられている。
しかし、これらの項目は、多様な同族経営の外形面に表われた特徴のうち最大公約数的な特徴に焦点を当てて整理したものとはいえても、重要な固有の特徴を看過しているリスクが拭えない。
③ 委員の人選は適正か、議論は閉ざされていないか
第3に、研究会のメンバーと議論の公開方法についても気になる点がある。
研究会委員の顔ぶれをみると、確かに、優良な同族経営企業の経営者も含まれているが、米国の経済学に精通した経済学者、法と法と経済学(いわゆるロー&エコ)の法学者、グローバル監査法人、グローバル金融機関の委員など、専門分野には有能であるけれども、ファミリービジネスについての十分な知見を有し、その固有の考え方などに習熟しているとは思われない多数の委員が含まれている。
研究会の議論を議事録化して公表して、ファミリービジネスに関する専門的知見、関心、利害関係などを強く有するステークホルダーに晒し、事後的にその意見を参考にできるようにすることで、時間不足が否めない不十分な議論を補完する手法を採ることも可能ではある。
ところが研究会は「素直かつ自由な意見交換を確保するため」(第1回研究会資料3)に、議論の中身を原則として公開しないとしている。つまり、閉じられたメンバーで議論した骨子だけが公表されるにとどまる。これでは、研究会事務局が用意したアジェンダと資料と少数ながら自社の暗黙知を語る経営者の言動だけを材料として、同族経営の中堅企業が守ることが望まれる「ガバナンスを構築するための規範」なるものが形成されかねない。
これまで政策の狭間に置かれ、経産省、中小企業庁などの所管当局も十分な情報のストックがあるとはいえないファミリービジネスについて、時間不足、材料不足、精通した人材不足の“脆弱な要素”がそろう委員会で議論して策定されるガバナンス規範が、果たして中堅企業に適合したものになるのか。楽観的な見通しを立てることは到底困難である。