ディスカバリー制度のデメリット:膨大な時間とコストで「和解」が前提
もちろん、ディスカバリー手続きには、相当の時間・コストなどが必要となる。特に近年、企業が保有するデータ・情報が紙ベースから電子情報中心に移行している状況で、ディスカバリーも、Electronically Stored Information(ESI)と呼ばれる電子情報を対象とするEディスカバリーの役割がますます大きくなっている。
しかも、対面や電話の代わりに行われる電子メールでのコミュニケーションは、対話などと同等の内容に至るには相当の回数のやり取りを要する。そのため、必要最小限の書面を作成し、それに基づき対面や対話でコミュニケーションをしていたときに比べ、必然的に、メールベースでのコミュニケーションで作成される電子メールの数量は膨大なものに達している。
Eディスカバリーは、訴訟に関連する可能性のある全当事者のすべての電子メールを適切に保存し、案件と関連するか、関連する場合でも秘匿特権により不開示にできるか否かを検討した上で、原則としてすべてを相手方に開示することが求められる。
しかも日本語の資料の場合は基本的に英語に翻訳する必要があるため、その費用も多額となる。開示を求めた側に有利な証拠が見つかってトライアルに進むと、開示した側は、開示を求めた側が要した翻訳費用を含めて多額の賠償金の支払いを求められることにもなる。
このような時間、コスト、労力が嵩むことなどから、訴訟当事者にとっては、決定的な決着が付く前の段階でトライアルを避けて和解できるかが重要となる。実際、連邦民事訴訟は、90%以上が和解で決着がつき、トライアルまで行くのはほんの数%程度とされている。ディスカバリーは「紛争解決」をより重視し、和解を促進するためにある手続きであり、トライアル前に実施されるディスカバリーは、米国訴訟における“天王山”ともいえるのだ。
気になるUSスチール「4兆円投資」の行方
日鉄が、USWのマッコール会長とクリフス社のゴンカルベスCEOを被告として、上記②の民事訴訟を提起した趣旨がこれでお分かりいただけるだろう。
ディスカバリーの成果か否かは不明だが、USスチール買収計画を現在のステージまで進めてきた日鉄の執念・努力には敬意を表したい。もっとも、買収価格である140億ドルに加えて、政府承認を条件に140億ドルの追加投資を提案しているとの報道があり、もし事実であるならば、トータルで約4兆円を時価総額1兆6800億円のUSスチールに投じることになる。
約4兆円もの投資額を投じることで採算がとれるのか、日鉄の今後の財務戦略にとって相当の足枷となるのではないかなど、懸念点もないわけではない。訴訟戦術で勝利しても、USスチール買収という経営・投資戦略でも勝利できるか、買収の真価が試されるのはこれからだ。
(隔週木曜日連載、#21は6月26日公開予定)