急展開した日本製鉄によるUSスチールの買収計画
6月5日、ラトニック米商務長官は米連邦議会下院の公聴会で、日本製鉄によるUSスチール買収について、長官自身の意見として「日鉄との取引は最終的に合意に至るだろう」との見通しを示した。
ラトニック長官は、買収計画を再審査した政府横断組織の対米外国投資委員会(CFIUS)の委員の一人であり、CFIUSは5月21日までに再審査を終了した上で、安全保障上の懸念を緩和する措置があれば買収計画は承認可能だとトランプ米大統領に勧告したことも明かしており、大統領により承認される可能性は高いと考えられる。
振り返ると、バイデン前大統領が、買収を阻止する決定をしたのが1月2日、そのわずか数日後の1月6日に、日鉄および完全子会社であるNippon Steel North America, Inc.(NSNA)とUSスチールが、日鉄によるUSスチールの買収計画に対する不当介入の是正を求めて当時のバイデン大統領、CFIUSらを相手に2つの訴訟を提起するという大胆な措置を講じた。
それから半年。まだトランプ大統領が正式に承認していないとはいえ、米商務長官が公聴会で承認可能である旨を勧告する段階にまで至ることは誰も想定していなかったのではなかろうか。
全米鉄鋼労組会長と米鉄鋼クリーブランド・クリフスCEOを提訴した日鉄の狙い
日鉄とNSNA、USスチールが1月6日に提起した2つの訴訟は次のようなものだ。
① バイデン大統領およびCFIUSを相手として、憲法上の適正手続きおよび法律上の権利を侵害して買収を阻止する大統領令を発出したことへの異議を述べ、大統領令を無効にし、日鉄ら申立人の適正手続きの権利およびCFIUSの法的義務を満たす審査を改めて行うようCFIUSに命じることを求める行政訴訟
② バイデン大統領に買収を阻止する大統領令を促したとされる全米鉄鋼労働組合(USW)会長のデービッド・マッコール氏と米鉄鋼大手クリーブランド・クリフス社のCEO(最高経営責任者)であるローレンコ・ゴンカルベス氏を買収妨害などの名目で、さらなる共謀的および反競争的行為を行うことを防止するための差止命令、および彼らの行為に対する多額の金銭的損害賠償を課すことを求める民事訴訟
米国訴訟に詳しい大手法律事務所の専門家が、①の行政訴訟は勝訴の見込みはほとんどなく、②の民事訴訟も勝つ見込みはあるが、クリフス社やUSWから多少金銭的な賠償を得られる程度ではないかと厳しい見立てをしていた。
それにもかかわらず、メディアの取材に応じた日鉄の関係者が、②の民事訴訟に基づく「ディスカバリー」により証拠を収集して、それを①の行政訴訟にも用いる狙いがあることを明らかにしたとの記事には筆者も驚かされた。
②の民事訴訟がどのような審理となっているのかについて公にされている情報はないが、日鉄の関係者が語っているとおり、ディスカバリーがそれなりの成果を挙げている可能性も考えられる。そのような大胆な戦略をも可能とする米国のディスカバリーとはどのような制度なのだろうか。