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十二月大歌舞伎「あらしのよるに」と株主価値の最大化原則【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#7】

コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)

ところが、最近、上記のような株主価値の最大化原則とそのアンチテーゼという二項対立の議論と異なり、新たな考え方が登場している。「コンシャス・キャピタリズム」(意識の高い資本主義)とでも呼称できる考え方である。

コンシャス・キャピタリズムは、次のように説いている。

・企業は収益を生んで継続することを目的とするだけでなく、自社事業が誰にどのような社会的価値を生むのかを捉え直し、その存在意義によって、ステークホルダーのエンゲージメントを高くすることができる。

・自社のステークホルダーに、顧客や取引先だけでなく、環境や社会なども含め、そうした世の中への影響に注意することで、より良いビジネスを生むことができる。

・さらに、ステークホルダーの関心を集めることに始終せず、その企業のコンシャス・キャピタリズムに賛同する“同志”を募ることでリーダーシップを発揮する。

・加えて、売り上げなどの業績数値だけでなく、情緒や精神面にも価値を見出すことができる――と。

このような企業は、株主だけでなく社会全体に対して、自社の価値を最大化しようと努め、究極の価値クリエイターとして、経済的価値だけではなく、社会的、精神的・文化的価値などをも生み出し、環境保護的価値、そして経済的価値を生み出し、企業と関わる人々は安心し信頼し満足し、従業員も取引先も顧客も投資家も地元住民も、みながその関係性を享受している。

実際、株主以外のステークホルダーのニーズに応えているかを出発点として企業を特定し、社会貢献をしながら成功している企業が、短期(3年)・中期(5年)・長期(10年)にわたりS&P500企業より投資家へのリターンが圧倒的に多いという実証分析の結果もあるようだ(ラジェンドラ・シソーディア他、齋藤慎子訳『愛される企業 社員も顧客も投資家も幸せにして、成長し続ける組織の条件』(日経BP、2023年))。

並外れて高い給与を従業員に支払い、サプライヤーから収奪せず、魅力的で顧客吸引力の高い製品やサービスを適正な価格で提供し、環境に与える影響にも敏感で、コミュニティにも相当に寄与している企業が、投資家にも極めて大きなリターンを還元している――。

確かに、そんなユートピアのような会社があるのか、俄かに信じられないかもしれない。実証分析の信頼性を慎重に見極め、一定の留保を付ける必要はあろう。しかし、このような分析結果は、株主以外のさまざまなステークホルダーの利益を優先することが、それをしない場合に株主が得られるリターンをはるかに上回るリターンを株主にもたらし、ひいては株主価値の最大化にもつながることを示しているし、会社法研究者・実務家の想像を超えた事実があることを本書は雄弁に語っている。

これは、株主の利益最大化原則か否かという二項対立ではなく、株主以外のステークホルダーの利益の最大化を図ることが株主の利益の最大化をもたらし、全体最適の解となる可能性を示すものとして今後、注目していきたい。

2つの批判的な見解と「株主価値の最大化原則」の脆弱さ…
現代歌舞伎の姿勢を見習いたい会社法学説 話を十…
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