2つの批判的な見解と「株主価値の最大化原則」の脆弱さ
この通説に対しては、会社経営の目的を定款上のミッションの最大化であり、「定款所定の目的は株主価値の最大化に優先する」という有力な批判的な見解がある。
この見解は、17世紀初めにつくられた会社制度(「連合オランダ東インド会社」が最初とされている)に先立ち発生していた組合・社団では、自然人の意思表示に正当性の根拠を見出すことができるとしても、証券市場と一体となった株式会社では、人は均一的で同質な「株式」というモノの所有者に過ぎず、会社の真の所有者ではないとする。そのうえで、株式会社における正統性の根拠はコーポレートガバナンスの仕組みそのものに求めるべきであると説いている。
また、株主価値最大化の原則に賛意を示す通説的見解が、費用便益の経済分析や効率性の追求などに偏り過ぎることに警鐘を鳴らしている。上村達男『会社法は誰のためにあるのか 人間復興の会社法理』(岩波書店、2021年)が代表的な批判説である。
批判的な見解は、資本市場法として金商法(金融商品取引法)、会社法を連携して捉えており、魅力的な見解ではある。
しかし、日本の会社法には、取締役に対して従業員の利益、供給業者や顧客との関係、地域社会・環境への影響、事業における高評価の維持を考慮しなければならない旨を規定する英国会社法172条のような明文規定がないことや、株主以外のさまざまなステークホルダーにどのように利益配分するかについて事前に明快な基準を示すことができるのか――といった課題を残している。
もっとも、通説的な見解も、株主価値最大化の原則を、他の利害調整原則を排除して貫かれるべき至高の性質のものではなく、「法規範としては緩いものである」と説くなど、脆弱な点がある。
例えば、株式会社の行う寄付行為。これは社会の期待・要請に応えるものであり、かつ、会社の規模、経営実績、相手方などを考慮し応分の金額のものである限り、「企業の社会的貢献」に資するものとして取締役に裁量を認め、株主の利益に寄与しない寄付をすることができるとしている。あるいは、取締役が株主の「長期的利益」の最大化を目指すと称して、実は従業員の雇用の維持を最優先にする業務執行を行うことも善管注意義務違反に問われることはほとんどないといった具合である。
しかし、法規範性として緩いとは言いながらも、その反面、「同意なき買収」をはじめ、株式会社が抱える諸問題の検討に際して「株主価値の最大化原則」が重要な役割を果たす概念として用いられるが、法規範性が強く認められる範囲と、逆に緩い範囲が具体的にどのように分けられているのか不明確である。また、どのような理由からそのような区分けがされているのかについても明確な説明はないままである。