第4回【佐藤隆文×八田進二#2】向上した日本企業「コーポレートガバナンス」の光と影
(第4回#1から続く)プロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語る大型対談連載。シリーズ第4回のゲストは金融庁長官、日本取引所自主規制法人理事長を歴任した佐藤隆文氏。佐藤氏自身が主導したコーポレートガバナンスをめぐる「ソフトロー」の整備によって、日本企業のガバナンスが向上した半面、一部で蔓延している形骸化と惰性の問題を浮き彫りにする。
「コーポレートガバナンス報告書」は“作って終わり”ではない
八田進二 (#1記事から続く)「ベターレギュレーション」とは、法律に書き込んで規制するルール・ベースと、ガイドラインや指針など法的な強制力がないソフトローに基づくプリンシプル・ベースの組み合わせですね。法律で規制すれば違反することは許されませんし、多くの場合、罰則もある。一方、ソフトローは、遵守する義務は発生しないけれど、あるべき姿が示されるわけですから、企業が趣旨を理解して咀嚼し達成のための努力をする時間的な余裕もあります。「箸の上げ下げまで指導する」と言われたかつての大蔵省の行政スタイル下では、民間企業側は当局の言うことを聞いていればいいという考えになり、主体性を持つインセンティブはありませんでしたからね。
佐藤隆文 もちろん、企業の自主性を尊重するわけですから、経営者の資質に大きく左右されることは否定できず、結果も企業ごとに大きく変わってきます。しかし、プリンシプル・ベースの仕組みが機能する事業体がちゃんと存在することも事実なのです。その一方で、法律で規制しないと日本企業は動かない、という意見も耳にするわけで、そもそも規範意識の乏しいところには規律ある活動も生まれませんから、ある程度ルールによる方向づけは必要となりますね。
八田 プリンシプル・ベースが入ったことで最も変わった点として挙げられるのは、上場会社のディスクロージャー(情報公開)の劇的な増加ではないでしょうか。
佐藤 プリンシプル・ベースの基本は、企業側が「説明責任」を果たすということです。ソフトローが示した方向性で努力する(コンプライする=応じる)にせよ、異なる施策をとるにせよ、いずれにしても責任をもって説明をすることが重要という点は強調しました。その結果が、ディスクロージャーの劇的な増加という形で現れたのかもしれませんね。
八田 とすると、日本企業のガバナンスの現在地を佐藤さんはどう評価されていますか。
佐藤 10年前、20年前に比べれば、日本の上場会社のコーポレートガバナンスというコンセプトへの理解はずいぶん進んだと思います。少なくとも、最低限のガバナンス体制を作らなければいけないという意識は広く定着したのではないでしょうか。ディスクロージャーを増やせば、その開示情報に投資家が反応する。さらに、責任ある投資家の反応に上場会社は答えを出さなければいけなくなりますから、そこに好循環が生まれます。
八田 佐藤さんは東証の自主規制法人の理事長時代、2014年に「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」、2016年に「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」、2018年に「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」と、3つのソフトローを誕生させています。またこの間、2015年には「コーポレートガバナンス・コード」が、金融庁と東証によって策定されました。このコーポレートガバナンス・コードは、「コーポレートガバナンス報告書」の東証への報告という枠組みが組み入れられたこともあり、上場会社の開示姿勢に大きく影響を与えました。誕生から8年が経過しましたが、現時点ではどう評価されていますか。
佐藤 広く捉えれば、ルール・ベースとプリンシプル・ベースを組み合わせる仕組みは、ある程度は機能していると思っています。ただ、プリンシプルであるはずのコーポレートガバナンス・コードはその後の改訂を重ねた結果、一部がルールに近くなってしまっているという印象もありますね。
八田 たとえば、社外取締役の比率とかですね?
佐藤 そうです。そういうものは実質においてほとんどルールのようになっているのではないでしょうか。プリンシプルではなく。ルールになると、経営者はルールを守るほうに意識が向いてしまいます。たとえば、コーポレートガバナンス報告書です。自らの頭で真剣に考え、真剣勝負で市場と投資家に向き合い、その結果を説明するというのが本来の趣旨ですが、とにかく形を整えて提出することが第一義になってしまっていないでしょうか。
本来の趣旨からすると、コーポレートガバナンス報告書は経営者が自ら筆をとってほしいわけですが、担当者に丸投げする、コンサルタントに作文させる、業者が提供するテンプレートを使う、そういったことが結構、一般化しているような印象も受けますね。残念なことですが。もちろん、私は上場会社が提出している全てのコーポレートガバナンス報告書に目を通しているわけではありませんから、あくまで私の印象ですがね。
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