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キヤノン御手洗会長「選任率50%→90%」爆上げの背後

資産運用会社の議決権行使基準

実際、キヤノンの株主総会が開かれた22年3月年から23年3月までの間に、女性取締役をめぐる動きがあった。

米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が23年2月、「株主総会後の取締役会に女性取締役が一人もいない場合は、経営トップである取締役に対して(選任の)反対を推奨する基準」を導入したのだ。

当時のキヤノンの取締役は全員男性で、女性は一人もいなかった。キヤノンは22年12月期の有価証券報告書で「役員の状況」として、「男性50名、女性2名(役員のうち女性の比率3.8%)」と記しているが、これは分母を執行役員に広げた数値であり、女性取締役はゼロだった。

キヤノンに限らず日本の上場企業の女性取締役の割合は低く、ダイバーシティ(多様性)などとは程遠い状況。業を煮やした国は20年、第5次男女共同参画基本計画をまとめ、政府や自治体、企業に対し女性の登用・採用の成果目標を数値化した。

そもそもは故安倍晋三首相(当時)が13年、アベノミクスの成長戦略の柱のひとつとして「まずは役員に女性一人を登用していただきたい」と経済界に要請した経緯がある。その後も遅々として進まない女性登用に対し、基本計画はダイバーシティを掲げ、国家公務員や自治体職員の女性採用や役職任命を定め、東証1部(現プライム市場)の女性取締役割合を22年に12%とする目標を掲げていた。

安倍氏の支援者でもあった御手洗会長だが、女性登用については同調しなかったことになる。内閣府によると、東京証券取引所の市場再編後のプライム企業の22年7月時点の女性取締役割合は11.2%、女性取締役ゼロ企業は18.7%に上った。

政官民の共通目標であるダイバーシティの促進を10年以上無視し続けた代表がキヤノンだったのだ。

その潮流は世界を席巻していた。ISSの調査によると、21年時点で世界の機関投資家で運用資産残高の上位10社のうち7社が日本企業に対し多様性を担保した取締役会、即ち、女性取締役登用を求める議決権行使基準を導入済みだったという。世界最大級の政府系ファンド、ノルウェー政府年金基金も同趣旨の方針を定めていた。ISSの23年2月の動きはむしろ後発だった。

事実、日本でも独自の議決権行使基準を明確化してきた三井住友DSアセットマネジメントや野村アセットマネジメントなどは、取締役会の多様性基準で取締役選任にノーを突き付けてきた。両社は23年から具体的な企業別の議決権行使の内訳を公表しており、三井住友DSは御手洗会長と生え抜きの取締役の計3人の選任に、野村は御手洗会長の選任にそれぞれ反対した。

22年から23年にかけて、キヤノンの生え抜き取締役への賛成率が急低下した理由が両社の動きで説明がつく。資産運用会社の元幹部が次のように解説する。

「各運用会社には親会社があり、それぞれに発行体企業との関係がある場合が多い。大手企業になればなるほど、何かしらの利害関係があるものです。しかし、上場企業に強くコーポレートガバナンスが求められる今、運用会社の議決権行使の基準がブラックボックスでは許されない時代になっています。実際、『スチュワードシップ・コード』を受け入れている運用会社である以上、企業の議案に対して賛成であろうが、反対であろうが、明確な基準を示さなければならない。キヤノンのケースはその象徴的な事案でした」

キヤノンは24年の株主総会で、前消費者庁長官の伊藤明子氏を社外取締役とするなど取締役10人の選任議案を提出。賛成率は伊藤氏の98.45%が最高で、最低は御手洗会長の90.86%に跳ね上がり、全員の取締役選任案が可決された。まさに爆上がりである。

逆に言えば、取締役会における多様性の担保は、実力経営者の選解任に直結する問題と言える。御手洗ショックから、この1年間の動きは他の上場企業にとって他山の石だ。

国は23年6月、「女性版骨太の方針2023」を公表し、プライム市場の上場企業を対象に、25年をめどに女性取締役1名、30年までに女性役員の比率を30%以上とするよう求めている。また、23年3月期からは有価証券報告書に女性登用など人材の多様性を含む人的資本に関する情報開示が義務化された。

経営者がこうした動きを理解できなければ、第2、第3のキヤノンの立場に置かれる企業が続出するのは避けられない。

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