【外資系金融・元危機管理責任者の“不祥事伝承”#1】「行政・司法リスク」で高まる企業不祥事“共有”の必要性
企業に不祥事が発覚すると、メディアは、社名はもちろん、不祥事の内容を詳細に報道する。その一方、“不祥事慣れ”している業界や経営トップは「ほとぼり冷めれば忘れられる」とばかりに、その場しのぎの対応を繰り返してきた。しかし、時代は変わった。たとえメディア対策が上手くできたとしても、行政・司法当局の目が誤魔化せなくなってきているのだ。これまでの不祥事対策のままでは社長のクビは必ず飛ぶ――。そんな時代における「企業不祥事・不正」対応の在り方を、外資系金融グループで危機管理対応責任者を務めた白井邦芳氏が説く。
危機管理の視点から、過去に起きた不祥事を「社内でいかに伝承するか」という問題は、これまであまり語られてこなかったように思います。しかし、徐々にその“焦点”が絞られてきているのは確かで、2年ぐらい前から実はクローズアップされているのです。
企業が不祥事を起こし、監督官庁などの行政が業務改善命令を出しますと、企業は当然、業務改善報告書を提出しなければなりません。一般的には報告書の中で、起きたことの事実確認や原因究明、是正措置、再発防止などを盛り込みます。
一方で、メディアの関心のあり方は別です。不祥事発覚当初は報道合戦を繰り広げるのに、その企業が再発防止をこれから始めるというタイミングではメディアの関心がだんだん薄くなり、あまり報道しなくなります。そうなると世の中の関心も薄れますから、社会的には注目されなくなります。当然、経営者もそのことは分かっていますから、不祥事が起きたらできるだけ早く再発防止策などを報道発表して、それで“収束”にするというパターンが出来上がっていました。
「プレジデント・コミットメント」の不履行で社長の首が飛ぶ
しかし、行政としてはそれで終わらせることは出来ません。2年ほど前から再発防止に加えて、「風化抑止策」を必ず業務改善報告書に入れなさいという形に変ってきました。これはまさに企業の後継者や後進への伝承というテーマにつながりますが、たとえば10年、20年後に新しく入ってきた社員に対して今回の不祥事をどう説明するのか、そして、説明する具体的な方法や適切な対応を示しなさいと企業側に突き付けているわけです。そういう問いに対して、企業側は今まで明確な答えを持っていませんでしたが、今では風化抑止策は絶対に取り組まなければならない必要不可欠な項目になりつつあるのです。
たとえば、ある製造販売事業者を見てみますと、昔の人でしたら1950年代に起きた事件を知っていますが、今の新入社員の多くは知らない人がほとんどでしょう。「そんな事件があったんですか⁉」といった世代感だと思います。そのような場合、過去の不祥事の記憶を呼び起こすための研修資料を作り、それを配布します。その当時の社員の経験や意見を聞き、社史にきちんと載せたり、場合によっては新入社員に対して過去の事例を教材に研修をしたりするわけです。
何らかの事件や事故が起きた時、企業では対策本部が設置されます。一般的に社長が本部に出てきてトップダウンで指揮するわけですが、今までは「そのとき、社長以下、スタッフは何をしたか」、「どういうことを決定して、どういう証拠を保全したか」という記録をとることがなかった。
最近では行政が指導して、必ず証拠を保全し、記録を取ることを推奨しています。記録をとることで後々、振り返りや社員研修に利用することが可能になるわけです。場合よっては紙だけでなく動画を撮影し、それを定期的に社員に見せたり、事故を起こした日を“防災の日”として設定して、1年に1回は必ず動画を見せたりするような企業も出てきています。非常に素晴らしい取り組みだと思います。まさに「あの日を忘れない!」を実践している好事例です。
行政からの厳しい視線から見ると、企業の中には不祥事が起きてから再発防止策の実施までが大体1~2年程度で、それで幕引きとしてしまう事例が多いそうです。その結果、企業側はあまり反省もせずに繰り返し同じような不祥事を起こすケースが後を絶たない。結局、事故を起こしても大したことではない、というような間違った“成功体験”だけが残ってしまい、不祥事は怖くないというイメージを持ってしまう。それでは駄目だということで、風化抑止策を徹底しようという流れが生まれてきたのです。
意識の高い企業は自らが起こした不祥事を毎年、検証し続けています。また、再発防止策の実施には長い企業で5~8年をかけて、ようやく完了するといったケースもあります。それだけ長く再発防止策を徹底して行えば、不祥事を起こしてしまったら「割に合わない」ということを企業側が強く認識します。そういうこともあって、最近ではやはり不祥事を起こしてはいけないんだという意識が深まってきたのは間違いないと思います。
たとえば、別の製造事業者の事例。監督官庁からさんざん指摘された挙げ句、再発防止策を提出しましたが、防止策の各ステージ業務の完了スケジュールの具体的な日程が入っていなかった。つまり、いつ終わるかわからないような再発防止策を行政に提出したわけです。それを見て監督官庁が厳しく指導したというエピソードもあります。
高まる一方の「行政・司法リスク」と経営トップの“最終責任”
テレビ報道でよく見かけますが、大臣室に不祥事を起こした企業の社長が呼ばれて、再発防止策が書かれた分厚い報告書を手渡しするシーンがあります。その後、「プレジデント・コミットメント」と言って、「社長の私がこの再発防止策を必ず最後までやり通します」ということを大臣に約束します。たとえば10回のステージがあって、そのうち2回、期日まで間に合わなかったとします。書面には書かれていませんが、そうすると、「あなたは社長の資格はないから辞任してください」とサウンドされるわけです。会社都合ではなくて、個人的な理由で突然辞任するケースが上場企業でときどきありますが、その中には「プレジデント・コミットメント」の不履行で辞めたケースも含まれています。
一方、最近では、一部の監督官庁が企業に対して「事故で社会的影響を与えたときには、30分以内に一報を入れて公表する」というガイドラインを作成しています。プレスリリースの配信や記者会見を行う時間はないから、とにかくソーシャルメディア(SNS)を使って出しなさいとされています。さらに、一報を入れた後、1時間ごとに復旧の進捗状況をSNSに出し続けなさいというガイドラインも公表しています。
これまで不祥事企業に対しては、72時間以内にメディア発表しなさいという指針が一般的でした。これに対して一部の監督官庁は事態を認知してから短時間で、SNS等を通じて公表しなさいという方針を新たに打ち出したわけです。
また、かつては不祥事を起こした企業はメディアリスクを恐れていました。しかし最近では、行政・司法リスクを重く見ています。企業の経営者は今現在起きたことだけでなく、何十年も前から自分の知らないところで隠蔽されていたことがあるかもしれないと危惧するようになってきています。
世間一般では、メディアで不祥事が報道され、「あれほど有名な会社がこんな不正をやっていたのか」と驚くパターンがほとんどでした。しかし、業法に絡んだ事故であれば、監督官庁をはじめとする行政機関が「なぜこの会社は自らリスクを発見できなかったのか」が問われる時代になっています。特に近年では公益通報者保護法がありますから、外部に内部告発されて発覚するケースも増えている。行政としては、本来は企業が相互監視のガバナンスを通じて自ら発見しなければならないリスクなのに、なぜ発見できなかったのかという点に懸念を持つことになるのです。そういう意味では、行政は企業側に厳しい姿勢で対するようになってきています。
ここ数年で企業不祥事をめぐる状況が変わってきたのは、やはり2015年のコーポレートガバナンス・コードで社外取締役の重要性が増したことがきっかけでしょう。取締役会で社外取締役が激論を交わすことも徐々に増えてきているといいます。取締役会で「他の業界でこういう不祥事が起きたけれども、ウチは同じようなことはないですよね?」と社外取締役が発言して、たとえば「ないと思います」と社内取締役が発言すると、「『思います』では困ります。期限を決めて、きちんと調べてほしい」と言って、関係資料を作らせて提出させる。場合によっては同じような不正が過去に2、3回起きていた可能性があることがわかると、「徹底して調べてください」と厳命する。調べて本当に不正事実が明らかになれば公表する。そういう一連の流れを社外取締役が主導するケースも増えてきているのです。
次回#2記事では、そのようなコーポレートガバナンスの流れを踏まえて、不祥事がもたらす現代的なリスクと不祥事伝承の必要性について、さらに踏み込んだ議論を提示したいと思います。
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