「公益通報者保護法」改正案――“消費者庁出身”日野・淑徳大学教授が語る重要ポイント

政府は今年3月4日、公益通報者保護法の改正案を閣議決定しました。今通常国会(会期末は6月22日)で成立すれば、1年半後の2027年に施行される見込みです。

改正の主なポイントは、①公益通報者に対する公益通報を理由とした「不利益な取扱い」(解雇・懲戒)に刑事罰が導入されること、②フリーランス(特定業務委託事業者)も公益通報者の対象になること、③公益通報しようとする者を妨害すること、また、公益通報者を探索すること(いわゆる犯人探し)の禁止が法文に明記されること、そして、④公益通報対応体制を適切に整備していない事業者に対して消費者庁の立ち入り調査ができる権限の新設、また、報告懈怠・虚偽報告、検査拒否に対する刑事罰(30万円以下の罰金、両罰)を新設すること――の4点です。

現行法から改正されるポイントを順に詳説していきます。

1.不利益処分に対して企業と担当者に刑事罰が科せられる

まず1つ目です。公益通報を理由とした「不利益な取扱い」に対して刑事罰が導入されると言いましたが、公益通報を理由として解雇や懲戒をした企業には3000万円以下の罰金、その処分を下した担当者には6カ月以下の拘禁刑か30万円以下の罰金という直罰が科されます。両罰規定となっていますので、企業に属する従業員が、不利益な取扱いを行った担当者のみならず、企業も併せて罰せられることになります。

また、裁判出訴の際、解雇や懲戒に関する立証責任が「不利益な取扱い」を受けたとする労働者(公益通報者)から使用者側に転換されるので、企業は公益通報とは無関係な理由で解雇や懲戒をした場合、その正当性を立証する必要があります。つまり、企業は、解雇や懲戒が公益通報を理由としたものではないことを主張・立証することになります。

なお、アメリカの連邦最高裁判例(Trevor MURRAY, Petitioner v. UBS SECURITIES, LLC, et al. 601 U.S. 23; 144 S.Ct. 445(2024))においても、サーベンス・オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act of 2002)上、内部告発者に対する報復を禁止する規定の立証責任に関して、公益通報者が「報復的意図」(retaliatory intent)の立証責任を負わないと判示した事例があります。

2019年6月に開催されたG20大阪サミット2019で承認された「G20ハイレベル原則」(G20 High-Level Principles for the Effective Protection of Whistleblowers)においても、「G20諸国は、解雇の場合を含め、公益通報者を保護するために、比例した方法で立証責任を負わせるメカニズムの導入を検討すべきである」(原則7「公益通報者に強固かつ包括的な保護が提供されることを確保する」)と明記されていましたが、G20参加国中、日本のみが導入していませんでした。

このように諸外国の趨勢からしても、企業への立証責任の転換は適切なものと考えています。

そもそもこの「不利益な取扱い」ですが、「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号の解説)」(以下、指針)の用語説明によれば、〈公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して行う解雇その他不利益な取扱いをいう〉と記載されています。

さらにその指針を企業が遵守するために参考となる考え方や指針が求める措置に関する具体的な取組例を示すとともに、企業自らが自主的に取り組むことが期待される推奨事項に関する考え方や具体例を示している「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(以下、指針の解説)には、「不利益な取扱い」について具体的に記載があります。

「不利益な取扱い」の内容としては、法第3条から第7条までに定めるものを含め、例えば、以下のようなもの等が考えられる。

・ 労働者等たる地位の得喪に関すること(解雇、退職願の提出の強要、労働契約の終了・更新拒否、本採用・再採用の拒否、休職等)

・人事上の取扱いに関すること(降格、不利益な配転・出向・転籍・長期出張等の命令、昇進・昇格における不利益な取扱い、懲戒処分等)

・経済待遇上の取扱いに関すること(減給その他給与・一時金・退職金等における不利益な取扱い、損害賠償請求等)

・精神上・生活上の取扱いに関すること(事実上の嫌がらせ等)

ここで注意しなければいけないのが、〈人事上の取扱いに関すること〉の中にある「不利益な配転」(配置転換)や「出向」です。今回の改正案では、配転などは刑事罰の適用から除外されました。「骨抜き」との意見も多いところです。

今回、配転や出向が含まれなかった背景には、日本の長期雇用慣行として、配転や出向も、ジョブローテーションを通じた雇用の維持や能力開発、スキルアップ等の一環として行われているからです。ですから、それらを刑事罰に組み込んでしまうと、裁判等になった場合に長期間にわたって人事がストップしてしまうことになりかねません。

こうした不利益取扱いに対して、労働法では、人事権濫用を禁ずることを通じて保護していると考えており、労働契約上の民事効の世界の中で、不当な動機・目的や業務上の必要性の有無、労働者の不利益性の程度等の総合考慮によって権利濫用かどうかを判断する枠組みで進めてきました。

とはいえ、公益通報は、組織への寄与度が高く、社会的利益、まさに公益につながる通報です。公益通報をしたことによって報復的な取扱いを受けることは均衡性を欠くといえるでしょう。このことを考慮すると、他の人事権濫用(職務適格性の欠如や業務命令の違反等)の事例とはレベル(次元)が異なっていると考えられます。

今後は、配転や出向等の不利益取扱いについても刑事罰の対象とすべきでしょう。企業としても、公益通報の「価値」や公益通報者の保護の必要性を今一度考えるべきですし、特別法の位置づけとしての公益通報者保護法として、公益通報者の保護を優先させる見地で検討することが求められます。

そもそも公益通報を理由とした不利益取扱いは、公益通報者を差別する、という差別的取扱いでもあります。報復的な措置である以上、公益通報を理由とした不利益取扱いは、公益通報者も雇用差別の一類型としてしっかり位置づけていくことが必要だと思います。