アクティビスト丸木強氏「企業の意識向上で投資対象減る?」【株価とガバナンス#4】

アメリカとの違いは「裁判所」の姿勢

――ところで、フェアネスオピニオン(買付価格の公正性を判断する第三者算定意見)の取得を強く推奨する文言は今回の「企業買収における行動指針」には盛り込まれませんでした。フェアネスオピニオンについてはどう評価されていますか。

丸木 正直、今の日本のフェアネスオピニオンは評価していません。結局、友好的な買収提案を受けた取締役会から依頼を受け、その価格でOKしたい会社が報酬を出して作成されたものですから、どこまでいっても友好的に買収される会社側のオピニオンなんですよ。最後には必ず「この評価は提供された情報が正しいことを前提に算出している……投資家に対しては責任を持たない」という趣旨のディスクレーマー(免責事項)がくっついている。

たとえば、不動産の含み益が大きい会社なのに、DCF法(ディスカウントキャッシュフロー方式)や市場株価法で価格算定をすれば、その価格は割安になるに決まっていますが、堂々とフェアネスオピニオンの算定方法になっていたりする。現状ではフェアではないケースがある、と私は思っているということです。

もちろん、どんな免責条項が付いていようが、今後、フェアネスオピニオンを出した専門家が、そのオピニオンへの評価はプロとしての専門家自身に対するものであると気にするようになれば、変わっていく可能性はあるかもしれません。

丸木強・ストラテジックキャピタル代表

――米国ではフェアネスオピニオンは義務化されており、かなり機能しているようですが。

丸木 私は、米国について特に詳しいわけではありませんが、米国と日本の決定的な違いは、米国は裁判所が買付価格算定においてしっかり機能しているけれど、日本の裁判所はあまり機能していないという点でしょう。米国は市場の株価を絶対視せず、理論価格も視野に入れるのに対し、日本の裁判所は「市場の価格は正しい」という前提に立っている。そして、手続きが公正ならその結果導かれた価格も公正と判断するケースが多く、裁判所は価格そのものを判断しないこともあったわけです。でも、これも時代とともに変わっていくことを期待しています。

――これまでストラテジックキャピタルとして、買取価格決定の申し立てをされたことはありますか。

丸木 ありません。先ほど触れた図書印刷の時も親会社の凸版印刷株式との株式交換比率は安いと思ったけれど、法廷闘争に持ち込んだら、結論が出るまで何年もかかります。かけた費用と時間と比べて“おつり”が出るほどの価格見直しを勝ち取れる確率も極めて低いと考えました。

――先般、ファミリーマートが伊藤忠商事に完全子会社化される際のTOB(公開買い付け)価格が安すぎたとして、東京地裁が価格を見直す決定を出しました。この訴訟は手続きが公正かどうか、つまり、一般株主の利益のために「特別委員会」が機能したかどうかで争って、機能しなかったとして価格を見直す判決だった。決め手になったのは、裁判所がファミリーマートに対し、文書提出命令を出した結果、提出された特別委員会の議事録でした。

丸木 ファミリーマートのケースは、正直に詳細なやり取りを記録した議事録で、それが開示されたから良かったですね。投資家側は申し立てをした甲斐がありました。けれど、こういう判決が出ると、正直な議事録を作成しないケースが増えるのではないか、と危惧してしまいます。そうなると、委員会が機能しなかったことを証明するのは困難になるでしょう。やはり、裁判所が、買収価格そのものではなく買収対価決定までの外形的な手続き重視の考え方を変えない以上、法廷闘争で価格を見直してもらうハードルは低くはないと思います。

――最近のMBO(経営陣による買収)を含むTOBでは5割、6割といった高水準のプレミアムがついてもなお、PBRが1倍を割っていると、市場価格がTOB価格を上回り、TOB成立が危ぶまれるケースも頻発しています。

丸木 その点は3月の東証の要請の効果もあるでしょうが、それ以前からも、買収者に対しPBR1倍を意識させようとの市場原理=他の投資家の行動が働いていることの証左でしょう。買収対価が安すぎるとの市場の声と考えても良いでしょう。

――ところで、東証や経産省の指針を受けて、多くの上場企業が資本コストなどを意識した経営に舵を切ったら、丸木さんからしてみれば、投資対象の企業は減ってしまいませんか。

丸木 東証が指針を示したとは言っても、それで本当に“変わった企業”はまだ一部に過ぎません。一方、資本コスト等について、これまで理解していなかった上場企業は膨大な数に上ります。もちろん、多少は我々の投資対象となる企業数が減ったかもしれません。ただ、日本人としては残念なことですが、まだまだ投資候補は数多く残っています。(笑)

(アクティビスト丸木強氏インタビュー了、特集#5に続く)