【スタートアップ「ガバナンスの乱」】頓珍漢なベンチャーキャピタリスト#3

株主「ベンチャーキャピタル」の存在意義

多数の退職者が出る中で、会社はもうひとつの分岐点に立っていた。IPO(新規株式公開)を通じて「社会の公器」となるスタートアップを目指すのか、オーナー所有の個人商店となるのか――という問題である。

社長や副社長をはじめとする各役員、主要株主であるVC(ベンチャーキャピタル)、監査役が参加し、今後の体制について、議論する場面があった。それぞれの思惑で、議論は紛糾する。

参加したVCからは、社員100名未満の会社において現状のような“コミュニケーション負債”が発生していることは「異常である」と指摘があり、その改善が強く求められた。

実際、社員が語る社長像には「記憶力・思考力の欠如で議論の積み上げが出来ない」との身も蓋もない話もあった。社内会議の社長コメントでも社員が予め原稿の用意をさせられる、顧客へのメールの返信やSNSでのやり取りといった程度のことでも、送り手の意図や内容が理解できないためなのか、社員に返信文を作成させる……こんな評価まであった。

「みなさんで幹部合宿でも行って、思っていることを言い合ったほうがいいですよ!」

この会議での、ベンチャーキャピタリストからアドバイスだ。

議論の積み上げができないと感じている幹部社員が、社長とそんなことやっても意味がない。根っこが通じていない経営幹部同士が、本音を語り、今後の経営方針を議論する合宿など出来る状況ではないのだ。むしろ、この期に及んでは、ビジネスライクにどう経営していくべきかの議論に収斂すべきであって、ベンチャーキャピタリストの助言は、この場のコメントにしては頓珍漢なものだった。

ある幹部社員は「このままだと執行役員以下、主要なメンバーは全員辞めますよ」と、別のベンチャーキャピタリストに迫ったという。ところが、そのベンチャーキャピタリストは「私だって、会社の中でいろいろと大変なことはありますよ。経営者から無理難題も言われます」と息巻いたうえで、こう結論付けたという。

「私たちは、創業者に投資しています!」

主要株主のVCでさえ会社の価値、つまりは自分たちの投下資金が毀損される事態に直面しても、大鉈を振るえないのだ。あるいは、これが「サラリーマン」であるベンチャーキャピタリストの限界なのかもしれない。いずれにしても、未上場スタートアップにガバナンスなんてものはない。

ゼロから事業(イチ)を生み出す「0→1」で力を発揮する者、生み出された事業を大きく展開する「1→10」「10→100」で力を発揮する者、それぞれ得意分野は違う。企業の成長フェーズに合わせて、経営者も布陣を考えるべきであり、当の経営者もそれに伴って成長する必要がある。

社長が企業成長の足かせになっているなら、大株主であるVCが助言すべきだし、「経営合宿」やら「辛抱が足りてない……」といった精神論では、土台、企業価値を高めるアドバイスになりようもない。ちなみに、当のベンチャーキャピタリストは『Forbes JAPAN』が発表する「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」にランクインしている……。

IPO最優先で主要株主と創業社長が方針を一致させ進めた挽回劇。会社制度上は、元よりガバナンス改革は実現しようがなかったのであろう。しかし、そのこと自体が最大の利害となったIPOを遠ざけているのだから、皮肉ではある。

多くの社員が去って行った――(イメージ)

「急がば回れ」スタートアップのガバナンス

不祥事を起こした会社の記者会見で、往往にしてトップ自らがガバナンス改革の陣頭指揮を取るといった発表があるが、まさにトップが腐っていると、会社そのものが腐っていく。

悪い評判はすぐに拡がる。社員は退職し、採用は苦戦。それでも残存した社員はパートナー企業とのトラブル対応に忙殺され、肝心の事業は伸びない。新規の資金調達は難しくなり、会社は立ち行かなくなる――。日本取引所グループが公開する新規上場会社情報に、2023年11月23日現在、この会社の名前はまだない。

イノベーションや社会課題解決が叫ばれる昨今では、大企業からの転職やキャリアのスタートにスタートアップを選択する人も多いと思う。数多あるスタートアップから有望なスタートアップを選ぶのは難しい。ベンチャーキャピタリストと同様の目利きが必要になると言っても過言ではない。少なくとも、面接で「私の会社……」と言うような創業者と出会った際には、まずやめておくことをお勧めする。

ガバナンスの利かない企業は、こうして孵化(上場)することなく、消えていく。健全なスタートアップの社会課題解決により、日本経済の成長を加速させることを切に期待している。

(了)