【損保ジャパン「金融庁処分」の深層#6】組織風土改革“5つの提言”《後編》
【提言⑤】不祥事情報を取り込む専用「内部通報」窓口の設置
ビッグモーターの不正に関し、損保ジャパンの内部通報窓口に情報が寄せられ、会社がこれに対応した記録はないようです。今になって聞いてみると、自分たちは変だと思っていたとか、ビッグモーターの不正は昔からあったなどという証言が出てきます。そう思っていたのなら、なぜ会社に伝えなかったのかについて、損保ジャパンは深く考察すべきです。整備工場の不正修理や過大見積りは、ビッグモーターに限らず、よくある話なので感覚がマヒしていたなどともっともらしい説明をする人がいますが、そのような考え方に与することはできません。
信頼される内部通報窓口へ
内部通報制度とは、会社が不都合な情報を積極的にキャッチし、それを大ごとになる前に問題を潰すといいう自浄作用を期待した貴重な制度です。
私は仕事柄、多くの会社の内部通報制度を見てきていますが、内部通報制度が利用されない理由は2つあります。制度の存在を知らないか、制度が社員から信用されていないか――そのいずれかです。前者は今はあり得ないので、制度を利用することのへ不安、通報者への不利益取り扱い、上司による弾圧等を懸念して利用しないのです。また、「通報したって何も変わらないさ」という無力感と諦めの気持ちも根強くあります。これを断ち切るには、会社が内部通報による諸問題を確実に解決し、社員に「通報窓口は確かに信用できる」と思わせるしかないのです。
不祥事通報受付の専門窓口
現在どこの会社もそうなのですが、内部通報窓口に寄せられる情報は、実態として玉石混淆です。公益通報者保護法で本来想定しているような、社会的に大きな影響を与える可能性を持った不正行為の通報というのはほとんどなく、パワハラやセクハラ、上司の不適切指導行為など、いわば職場のトラブルを訴えるものが大きな割合を占めます。したがって、社員の心情として内部通報制度はパワハラやセクハラを通報するためにあるかのような錯覚さえ生まれています。
それはそれで会社としてきちんと対応すべきものです。しかし今回、損保ジャパンでは、顧客利益や会社のコンプライアンスに係る重大な問題が発生しているにもかかわらず、経営が的確に事前に情報をキャッチできなかったという反省がある以上、ネガティブ情報の把握に特段の努力をすることが求められます。そのひとつの方策として、日常の業務運営において、社員や代理店、場合によっては契約者による不正、不適切、不都合な行為について専門に受け付ける窓口の設置が考えられます。まさにコンプライアンスホットラインです。
なぜ「ビジネス倫理」の確立なのか
ビッグモーターと損保ジャパンがはまり込んだ不祥事の構図は、決して特殊なものではありません。つまるところ、ビッグモーターにおいて言語道断の不正が組織的に行われていた原因と、損保ジャパンが不正に目をつぶり、契約者保護やコンプライアンスを放擲(ほうてき)した原因も、収益の達成圧力という“よくある理由”に集約されます。もちろん、企業が売上高や利益にこだわるのは当然です。そのこと自体を否定することはできません。しかし、問題はそのやり方です。端的に言って、もう少しお行儀よく儲けようということです。
企業活動ではインプットに対するアウトプットの最大化(効率性)と、他者との対比における勝敗(競争性)が極限にまで追求されますが、産業の巨大化に伴い、その弊害は無視できないものとなり、社会全体の脅威となるものさえ出てきました。ビジネス倫理とは、分かりやすく言えば、企業経営に「効率性」と「競争性」に加えて「人間性」と「社会性」を確立し、いずれかに偏ることなくこれらをバランスよく両立させることを意味します。
そして、そのことが、企業のサステナビリティを保証し、企業で働く者の士気を高め、社会から認知され更なる発展をもたらすのです。これは損保ジャパンだけに限らず、ビッグモーターに関わりを持った損保会社、そしてあらゆる企業と組織体に共通して言えることではないでしょうか。
(シリーズ完)
【前回シリーズ】「ビッグモーター×損保会社」問題の核心(全6回)
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