【損保ジャパン「金融庁処分」の深層#6】組織風土改革“5つの提言”《後編》
(#5から続く)中古車販売大手のビッグモーターによる保険金不正請求問題をめぐって、金融庁の業務改善命令を受けた損害保険ジャパンおよび親会社のSOMPOホールディングス(HD)。今回の不祥事の核にあるのは、金融庁にも指摘された「組織風土」の問題にほかならない。損保ジャパンでリスク管理担当役員を務め、現在は日本経営倫理学会常任理事の井上泉氏(ジャパンリスクソリューション社長)が、古巣への提言を寄せた《後編》――。
損保ジャパン「組織風土改革」に向けて5つの提言《承前》
【提言③】「記憶の場」の設定
(提言①~②は前記事#5参照)いかなる衝撃的な事件や出来事も、時が経つにつれ忘れられていきます。当事者や目撃者が死亡、退職、異動等でいなくなり、彼らから話を聞いた世代もいなくなります。現に#2で先述した通り、損保ジャパンでは18年前に同根の不祥事を起こしていたにもかかわらず、当時の諸先輩の痛い“教訓”が全社的にきれいに忘れ去られてしまっています。その結果が今回の不祥事です。「失敗に学ばない会社」と非難することは簡単ですが、いつまでそのようなことを繰り返すのでしょうか。「記憶の固定化」が必要です。
フランスの歴史学者ピエール・ノラは、集団の記憶が「記憶の場」に刻まれることにより、時空間を超えて想起されることを提唱しています。「記憶の場」とは「物理的な場」のみならず、「象徴としての場」をも意味します。死去した人への黙とうは「象徴としての場」であり、死去した人に対する集中的な想起をもたらします。
企業の中には、重大な不祥事や事故、事件の経験と教訓を後世に残すことを目的に、記念日を設けたり、記念碑や施設を建てたりするところが少なくありません。例えば、点検不備により笹子トンネル天井板落下事故(2012年、山梨県)を起こし、死者9人を出した中日本高速道路(NEXCO中日本)は慰霊碑を建立するとともに、東京・八王子に「安全啓発館」という研修施設をつくりました。被害車両の残骸を展示し、全グループの全社員がこれを見て、事故防止の思いを再確認しています。
また、列車衝突事故(1991年)で死者42名を出した設楽高原鉄道(滋賀県)は、駅構内に施設をつくり、事故車両の部品などを展示し、事故とその後の経緯を綴った冊子発刊、安全の日の制定など、事故の記憶の伝承に努めています。記憶の風化を防ぐには、このような地味ではあるが、粘り強い努力が必要なのです。
損保ジャパンにおいては、例えば業務改善命令が出た1月25日を、毎年「コンプライアンス確認の日」などと名付け、その日に全社的に、何が起こったかを組織的に想起し、契約者保護、コンプライアンス重視の精神を再確認する場を設けることなどが求められます。また、不祥事の記録を冊子にして、全社員に配布することも有効です。こうした「記憶の場」を通じ、記憶を固定化することで、組織風土が変化していくのです。
【提言④】法務・コンプライアンス部の解体と再編成
損保ジャパン発足時は法務部とコンプライアンス部は別個に存在していました。それがいつの間にか合体しているのです。これはコンプライアンスを法令等遵守と短絡的に理解した結果の措置と思われます。合体は組織の効率化にも役立つと考えられたのでしょう。
法務とコンプライアンスは二律背反
しかし実は、この2部門は機能的に利害相反の関係にあるのです。保険事業の各場面では、会社の行為が法的に黒か白かを簡単に判断できるケースばかりとは限りません。法的にはグレーであっても黒でなければ、ギリギリの着地点を探ってお墨付きを与えるのが法務部で、フロントとして、いわばアクセルの役割を果たします。
ところが、この世の中には違法ではないが、好ましくない企業行動があり、それが不祥事につながっている例を私たちは頻繁に目にします。これにブレーキをかけるのがコンプライアンス部の役割です。その判断の拠り所は、法的なものよりは会社の社会的責任(CSR)やESGの観点から導かれる「自分の会社はこうありたい」という大きな価値基準(社会適合性)に置かれます。
ビッグモーター問題で、損保ジャパンの法務・コンプライアンス部がまったく存在感を示せなかったのも、コンプライアンスが法務に引きずられた結果と考えられます。
しばしばコンプライアンス部門と法務部あるいは内部監査部が合体している例を見ますが、人員的に余裕がない小規模会社ならともかく、損保ジャパンのような全世界にネットワークを持つ巨大企業であれば、コンプライアンス部をミドルとして独立的に位置づけるべきです。
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