「認定リスク」と「通報リスク」を混同しない
さらに、「相手がパワハラだと思ったらパワハラだよ!」という誤解が生じたもうひとつの理由として、法的な「認定リスク」と、事実上の「通報リスク」が混同されていることも考えられる。
まず「認定リスク」だが、パワハラ防止法上のパワハラと認定されるためには前述の要件をクリアする必要がある。したがって、「相手がパワハラと思ったかどうか」は、認定リスクとの関係ではあまり関係がない。「ふつう、どう思うか」が重要だからである。
これに対し、「通報リスク」は違う。「ふつう、パワハラじゃないよね」という言動であっても、相手がパワハラと思えば、その人が相談窓口などに事実上「通報するリスク」は格段に上がる。
例えば、「バカ! 死ね!」などの明確なパワハラ発言を受けても、相手がへっちゃらであれば通報はしないだろうし、これに対し、先ほどの誤字の訂正依頼であっても相手が「こんなのパワハラだ!」と思えば通報する可能性は高まる。それだけのことである。
もちろん会社側としては、通報されれば調査せざるを得ないが、上記の誤字訂正依頼のような場面であれば、調査したとして「なんだ、誤字を指摘しただけか……」となるわけだから、結果的にパワハラとは認定されない。懲戒処分もされない*4。
*4 パワハラ防止法(労働施策総合推進法)のパワハラの要件と、就業規則等に基づく懲戒処分の要件とは、厳密には異なる。
つまり、通報されることと、ハラスメントの認定を受けることとは、まったく別のことなのである。
部下のコンプライアンス違反に対して厳しい指導をして、その結果通報された場合、そのことについて何ら恥じる必要はない。堂々と胸を張っていれば良い。もちろん調査に応じる心理的・時間的負担は生じるわけだが、そこは高位の立場にいる者の務めとして致し方ない。
そうは言っても「平均的な労働者」って?…という方に
かくして「相手がパワハラと思ったらパワハラ!」という誤解がはびこり、「相手の気持ちなんて分かんないよぅ……(涙)」というお悩みが生じるわけである。
相手の気持ちが分からないなんて、当たり前。むしろ、相手の気持ちを推察しようとして、客観的にはパワハラ行為であるのに「(言われた本人が)まあ、元気そうだからいいか」と判断してしまうことのほうがリスクは高い。
上長たる立場のみなさまには、まずは「平均的な労働者」ならどう感じるか、を検討していただくべきである。
「そうは言っても、その『平均的な労働者の感じ方』が、どんなもんなのかが分からないんだよー」という声もあるだろう。確かに、「平均」とは「全世代の労働者の平均」となるため、世代などの要素によっては「平均的な労働者の感じ方」とズレが生じることがあるし、昨今はこのギャップが顕著になっている。
その点をクリアするためには、もう、具体例を見ていくしかない。次回は、「あるあるパワハラ事例」をもとに解説をしていく。
(毎月1回連載、次回5月25日頃配信)