野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)
前回#3はセクハラのグレーゾーンについて解説した。セクハラは、フジテレビ事件で改めて脚光を浴びたが、まだまだ氷山の一角であり、わが国のビジネスシーンに潜む根深い問題である。
一方、ハラスメントの双璧をなすパワハラは、セクハラよりは若干新しい概念であるものの、今や社会問題となっており、こちらもまた、知らない人はいない重要なキーワードである。当職のもとに相談が多いハラスメントとしても、件数としては圧倒的にパワハラ問題が多い。他方で、企業の現場で悩みが多いのもパワハラであろう。
例えば、タイトルにあるような「部下がどう感じるか分からないから、指導ができない」というお悩み。実はこれは誤解から来るものである。今回はこの点について説明を試みたい。
よくある誤解「相手がパワハラって思ったらパワハラなんでしょ?」
「相手がパワハラと思ったらパワハラ」……これは本当〜によく言われる決まり文句だが、はっきり言って、ただの“都市伝説”であり、間違った認識である。少なくとも法の定める定義とは異なる。
正解は「相手がパワハラと思っても『ふつうはパワハラと思わないよね』というものはパワハラではない」である。
いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法)の定めによると、典型的なパワハラとは〈職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること〉である(同法第30条の2第1項)*1 。
*1 同法が定めるパワハラはこれだけではないのだが、ここでは典型的なものをご紹介している。
つまり、パワハラと認定されるためには、受けた人の《就業環境が害されること》が必要なのであるが、指針*2によると、〈この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。〉とされている。
*2 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)
簡単に言い換えると、「これはパワハラだ!」と思うような行為であるかどうかは、《平均的な労働者の感じ方》を基準に判断すべきなのである。「受けた人、その人」ではない。
例えば、みなさまが部下の作成した報告書に誤字があるのを発見して、部下に対し「報告書をありがとう。いくつか誤字と誤変換があったから、それだけ訂正しておいてくれる?」と頼んだとしよう。
この指導を「パワハラだ」と思う人はなかなかいないであろう。少なくとも《社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じる》類のものではない。
ところが、この発言についてその部下が「でも、私は傷付きました! 間違いがあったなら、黙って直しておいてくれればいいのに。それを直接指摘するなんて、パワハラです!」と主張したら、どうだろう? その人が真実、心の底からそう思っていたのだとしても、パワハラには当たらないというわけだ。