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言われて「なんかモヤモヤする」その表現、マイクロアグレッションかも【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#11】

野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)

「ちゃん付け」がNGなのは、今に始まったことではない

職場で年下の元同僚を「○○ちゃん」と呼んだ事案でハラスメント認定をされた、というニュースが世間を騒がせている。

〈田原慎士裁判官は、ちゃん付けは幼い子どもに向けたもので、業務で用いる必要はないとし、男性が親しみを込めていたとしても不快感を与えたと指摘。一連の発言も含め「羞恥心を与える不適切な行為だった」と判断した。〉
日本経済新聞《職場で「ちゃん付け」や容姿言及の元同僚、セクハラで22万円賠償命令》(2025年10月24日)

タイムリーにも、「○○ちゃん」呼びにリスクがあるということは、本連載ですでに論じたところであった(本連載#3参照)。つまり、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発0901第2号、令和5=2023年9月1日)において、「○○ちゃん等のセクシュアルハラスメントに当たる発言をされた」ことは「心理的な負荷がある」と、されているのである。

したがって本連載の読者のみなさんにとっては、上記のニュースも「さもありなん」であったことと思う。

なお1点注意しておきたいのは、今回の判決では、「○○ちゃん」と呼んだ、ということだけをもってハラスメント認定がされたものではない、ということである。報道によると、「かわいい」「体形良いよね」などの発言もあったということであり、こういった表現に少なくないリスクがあることは、#3の記事でもご紹介済みである。

こういった事件から分かることは、もはや「違法ライン」スレスレのところで“勝負”をしていたのでは、危なっかしくてしょうがないということである。読者のみなさんであれば、もっと手前の「眉をひそめるライン」から警鐘を鳴らしていただきたい。そこで今回は、近年注目を集める「マイクロアグレッション」についてお話をしたいと思う。

外国人に「日本語お上手ですね」は何が問題なのか

マイクロアグレッションとは、1970年代に米国の精神科医のチェスター・ピアース氏がアフリカ系アメリカ人に関する研究の中で初めて提唱したもので、彼はそれを「微妙で、衝撃的で、しばしば自動的に、そして非言語的に行われる“侮辱(put downs)”のやり取り」であると定義した*1

もう少し分かりやすく言うと、「ステレオタイプや偏見に基づく言動のうち、目に見えにくい、しかし受け手にダメージを与えるもの」ともされる*2。“はっきり見えない差別”と言ってもいいだろう。

*1 Sue, D. W., Capodilupo, C. M., Torino, G. C., Bucceri, J. M., Holder, A. M. B., Nadal, K. L., & Esquilin, M. E., 2007, “Racial Microaggressions in Everyday Life: Implications for Clinical Practice,” American Psychologist, ⅩⅤ
https://www.mobt3ath.com/uplode/book/book-62202.pdf

*2 金友子「マイクロアグレッション概念の射程」生存学研究センター報告
https://www.ritsumei-arsvi.org/publication/center_report/publication-center24/publication-399/

代表的なのが「日本語お上手ですね」などの表現である。これは見た目が「日本人」ではなさそうに見える人に対して発せられることが多い。何が問題なのかというと、この言葉の背景には「日本人に見えない人は日本語を上手に話すことができない」という偏見が存在する。つまり、差別的な考え方が裏に透けて見える表現なのである。

「日本人はマナーが良いよね」という表現もマイクロアグレッションに含まれる。この裏には「外国人はマナーが悪い」という考え方が存在するからである。

このような「なんかモヤモヤするなー」という表現、これをマイクロアグレッションと呼ぶ。

ジェンダー関係でもマイクロアグレッション

ジェンダー関係でもマイクロアグレッションは多い。次のようなものは典型であろう。

家父長制的な役割分担の考え方を押し付けるパターン

「うちのCFOは社長の女房役だから」

「女房役」という表現は、女性は男性の補助をするもの、という固定観念に基づいている。夫婦関係が対等でないことが前提となっており、問題のある表現と言えよう。同様に「内助の功」なども避けたいところである。

「我が社は育児介護両立のための施策を取り入れ、女性社員を応援しています」

いやいや、男性社員も応援してよ、という話である。良かれと思って入れたフレーズが逆効果となってしまうのは何とも残念である。

ちなみに、これはただの老婆心*3で申し上げるのだが、お子さんが産まれたときなどに配偶者に対して「これからは家事も育児も手伝うよ!」と伝えると、「手伝う、って、何だよ!? お前がやるんだよ!」と家族内で炎上必至なので、「一緒に頑張ろう!」と言い換えることをお薦めする。

*3 あっ!「老婆心」、ダメそうですね……いやはや。

不必要に「男」「女」を入れるパターン

「営業の○○さん、悲願の目標達成で男泣きしてたよ」

これは「男性は強いから本来泣いたりしないもの」という偏見から来る言葉である。泣き虫な男性だって普通に存在する。男らしさの押し付けは男性を不当に苦しめる原因となり得る。

「女社長」「女部長」

こちらは「女性の社長や女性の部長なんて珍しい」という、我が国の恥ずかしい現状を示す言葉に他ならない。当職もよく「女弁護士」と陰口を叩かれることがある(交渉の相手方とかに)。「男弁護士」とは言わないのにねー、と思う次第である。

なお、上記類似の表現についてはマスコミ界でも自重されており、『記者ハンドブック 新聞用字用語集(第14版)』(共同通信社、2022年)では、「女性や男性をことさらに強調、特別扱いする不適切表現」として「男なら泣くな」「男勝り」「女だてらに」「女の腐ったような」「才色兼備」「夫唱婦随」「女々しい」などが挙げられている。

以上、本稿で取り上げたモヤモヤ表現、「そんなに目くじらを立てなくても……」という気がするかもしれない。この点については最後に、大東文化大学の特任教授、渡辺雅之氏の紹介する「ヘイト暴力のピラミッド」の図を紹介して終わりにする。

「冗談」などのマイクロアグレッションが、嘲笑から嫌がらせや差別、暴行脅迫、ひいてはジェノサイドまで発展する様が分かりやすく描かれている*4。偏見は誰の心にもあるものであるからこそ、「少しだけ気をつけすぎる」くらいがちょうど良いのかもしれない。

*4 渡辺雅之「いじめ・レイシズムを乗り越える教育 多文化共生社会への水路」『開発教育』64 巻(2017)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dear/64/0/64_23/_pdf

(毎月1回連載)