第4回【佐藤隆文×八田進二#1】東証プライム上場企業すべてが「プライム」なのか
プロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語る大型対談連載。シリーズ第4回のゲストは、2007年から金融庁長官、2013年から東京証券取引所自主規制法人(現日本取引所自主規制法人)理事長を歴任した佐藤隆文氏。金融規制にルール・ベースの監督とプリンシプル(原理・原則)ベースの監督を組み合わせた「ベター・レギュレーション」の考え方を導入。日本取引所グループ在職中にエクイティ・ファイナンスのプリンシプルと2つの不祥事関連プリンシプルを創設するなど、わが国のコーポレートガバナンスにおける制度設計の一角を主導した人物である。そんな佐藤氏が語るコーポレートガバナンス論とは――。
1800社がひしめく「東証プライム市場」のあるべき姿とは
八田進二 今日は資本市場に精通され、この10年余りの間に日本の企業、社会にコーポレートガバナンスが定着していくうえで多大な貢献をされた佐藤隆文さんをお迎えして、最新のガバナンス議論に影響ないしは知見を与えられるような議論ができればと思っています。
佐藤隆文 こちらこそ、よろしくお願いします。
八田 まずはここ数年の中で最も大きな動きと言っていいのが、東京証券取引所による市場区分の変更だと思うのですが、佐藤さんはどのような感想を持っておられますか。
佐藤 私は日本取引所グループにおいて、東京証券取引所及び大阪取引所の上場審査・上場管理・売買審査・考査を担う自主規制法人の責任者を仰せつかっていましたが、2019年6月にその理事長を退任してから、すでに4年が経ちました。最新の状況を把握していませんし、不勉強でもあるので(苦笑)、時間的にも地理的にも少し距離を置いた立場からでよろしければ、お話させていただきます。
八田 ご謙遜と思いますが、ぜひともお願いします(笑)
佐藤 私は取引所市場のあり方については、上場会社が自ら、企業価値の向上に向けた努力を懸命に行ない互いに競い合うよう促される設計が望ましいと思っています。言い替えると、企業価値の向上に向けた努力を真摯に実践するインセンティブが働くような制度設計です。昨年2022年4月に新たに誕生したプライム市場は、本来の意図としては、いわば上場会社としてこうあってほしいという姿に合致する企業が身を置く市場として、設計されたのだと思います。
八田 佐藤さんが考える「上場会社としてこうあってほしいという姿」とは?
佐藤 たとえばコーポレートガバナンス、収益力、先見性などの面で優れていることは必須ですが、これらに加えて、サステナビリティについても、人間社会に対する貢献、地球環境に対する貢献もしている、といったところでしょうか。そういった、さまざまな面で本当に優れていて、かつ、世界的にも評価をされるような企業。もちろん、そういう会社は数が少ないでしょうから、結果として少数精鋭の会社が上場している市場。それがプライム市場の本来の姿だと思っています。だからこそ、スタンダード市場に身を置いている企業の目標になり得る。そういうものであってほしいですね。
八田 おっしゃるとおりですね。ただ、現実にはどうでしょう?
佐藤 本来のあるべき姿と現実とを比較すると、現在は約1800社がプライム市場に上場していますが、その全てが本当に「プライム(=第一級)」の名に値する会社だと思っている投資家はほとんどいないでしょう。
八田 私も、まったく同意です。そもそも、1800社というのは数の上でも多すぎます。
佐藤 おっしゃる通りです。機関投資家は「スチュワードシップ・コード」を尊重して、上場企業との間で、企業価値向上に向けた「建設的な対話」を持つことを求められている。しかし、プライム市場に1800社もあったら、そのすべてと面談して建設的な対話をするなんて出来るわけがないでしょう。
八田 いやもう、佐藤さんにそうおっしゃっていただけると溜飲が下がります(苦笑)。実際、流通株式時価総額をはじめとして、達成しなければならない上場基準がそれなりに用意されているのに、それを満たしていない会社に「いつまでに満たせばいい」というような猶予期間を与える市場運用をしてしまっている。だから、蓋を開けてみたら結局、かつての東証一部上場と中身はほぼ同じで、看板を付け替えただけになってしまったわけです。これは、明らかに制度設計が間違っていたということになりませんか。
佐藤 まあ、そういう見方をされる識者の方は多いですね。
八田 東証はプライム市場の基準を満たさない会社でも、達成すればプライムに残れる猶予期間を設けました。しかも、当初は猶予期限も示さなかったわけですが、2026年3月までの猶予期限を示した途端、雪崩を打つようにプライムからスタンダードに鞍替えする企業が出始めました。東証は高邁な理想があって市場区分を見直したのだろうとは理解するものの、もっと徹底的に厳しい基準、厳しい運用で当たるべきだったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
佐藤 こういう結果になってから“後出しじゃんけん”のように「それ見たことか」などと批判するのは、私の性分に合わないので、今ある制度設計に足りない部分や弱点が見つかったらこれらを勇気をもって変えていくことが大切、といったところでしょうか。
八田 とすると、いの一番に改革しなければならない点というと何でしょうか。
佐藤 コーポレートガバナンス、収益力、先見性、あるいはサステナビリティなどについて、何か具体的な基準を作って評価する枠組みを作るというのはどうでしょうか。時価総額とかROE(自己資本利益率)など、定量的な基準を現行よりも厳しくするということもよく議論になりますが、もう少し定性的な面を強調して、プライム市場は本当に質の高い企業のマーケットであると、誰もが認識するようにする――こういうことではないかと。コーポレートガバナンス報告書での開示を通じて、この点についての動機づけはある程度なされているとも言えますが、これを市場区分の妥当性と有機的に結び付けていくのも一案かもしれませんね。
八田 なるほど、中長期的な経営戦略という視点にも合致しているでしょうね。
佐藤 評価の基準ができると、おのずと選別が進みます。それも、その基準を当局などが作って、「これをクリアできなかったから降格もしくは上場廃止」というような形ではなく、発行体企業側の当事者が問題意識をしっかり持てるような形が望ましいと思いますね。
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