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会長が「社長に返り咲き」企業のガバナンス・リスク【ガバナンス時評#16】

「後継者指名」の失敗

確かに創業間もない頃は、カリスマ創業者の意向を会社の末端まで行き届かせるため、ワンマン経営で人事を行うことも許容され得るのかもしれない。だが、上場企業となればそうはいかない。公的な存在になった以上、属人的な要素は極力排除しなければならないのだ。

なぜなら、ガバナンスや内部統制というものは、いわばこの属人性の排除と重なっている。内部統制において、「この人がいなければ組織が回らない」という状態こそ避けなければならない。特に上場企業に望まれる継続的に安定した経営を担保するためには、特定人物だけに頼る組織構造では立ち行かないのである。今まさに問われている、サステナビリティ経営に資するための組織運営こそが、経営者にとっての至上命令であると評しても過言ではない。

本来であれば、創業し実績を上げて会社を大きくしてきた強いカリスマ性を持つ創業者こそ、自身の威光が社内で通じるうちに属人性を排除して後進に範を垂れるべきであろう。

ところが、そういった経営者自らが社長を退任する際には、自らの権力を使って後任を指名しているケースが多いのではないか。仮に、自ら指名した新社長に能力がなく社長を任せられないのだとしたら、それは後任を指名した前社長の判断ミスであり、後進育成・後継指名に失敗したことを意味するはずである。そこに「オレが選んだ後任なのだから、オレが退任させても問題はないだろう」との甘えはないだろうか。

その責任を問われないまま、「やはり自分がやるしかないのだな」と言わんばかりに再登場するのは、率直に言って、晩節を汚す行為と言わざるを得ない。

こうした属人的人事を排除するためにこそ、「指名委員会」という仕組みが存在する。指名委員会とは社長など経営陣の選解任を議論する組織で、法定の指名委員会等設置会社がある一方、監査役設置会社と監査等委員会設置会社でも任意の諮問機関として設置する企業も多くなっている。

経営トップが自らの人事を自分の裁量で決めず、透明性のある選解任プロセスを担保するのが存在意義なのだが、こうした「社長“返り咲き”」のケースで指名委員会はどのように機能しているのか。キヤノン(監査役設置会社)やニトリHD(監査等委員会設置会社)には任意の「指名・報酬委員会」が設置されているようだが、本来の役割を果たしていると言えるのだろうか。

業績は急回復するかもしれないが……

それにしても、メディアは「名物経営者」「カリスマ創業者」に好意的なようだ。報道には、どこか“真打ち再登場”といった風すら感じる時がある。また、上場企業に相応しいガバナンスを、と指摘したが、一方で株主もこうした“返り咲き”や“長期政権”を歓迎する向きがある。そもそも、持ち株が多い創業トップと株主は「配当」という点で利害を一にすることが多い。

さらには、業績の「V字回復」というシナリオもある。これは“返り咲き”に限ったことではないが、前任者の任期末に多額の損失を出すことなどによって膿を出し、後任者の次の決算を劇的に飛躍させるという経営上の演出である。

もちろん、不穏当とはいえ、会計処理上許容される場合もあり、これは「ビッグバス会計処理(big bath accounting)」と呼ばれる手法で知られる。将来に悪い影響を及ぼす可能性のある項目を当期に費用化し、当期の業績をさらに悪化させることにより、次期以降の報告利益の増加を図ろうとするのである。カリスマが社長に返り咲いた場合、本人は置くとしても、周囲がこのような演出に勤しむ姿は想像に難くない。

だが、こうした“逆粉飾”というべき利益調整は長くは続かないし、社内に「誰も批判できない存在」による経営が続くこと自体、監査やガバナンス、アカウンタビリティの議論からは歓迎されざる状況だ。長期的に見れば、組織を蝕むことにもつながる。フレッシュアイによる体制のチェックができなくなり、慣れ合い、マンネリも横行する危険性もある。

もちろん、一代で会社を世界的企業に押し上げたカリスマ経営者は、仮に年齢を重ねても並みの経営者よりは経営能力が高いに違いない。だがそうはいっても、人間、確実に歳を取る。判断が鈍り、人の話を聞かなくなり、思考の柔軟性がなくなるのは必然だ。

御手洗氏は御年88、似鳥氏は御年79。属人性で会社経営をしていて突如、万が一のことがあれば、それこそ継続企業としての会社は持続可能性を大きく失うだろう。誰でも「自分に限って、そんなことはない」と考えがちだが、病気や老いで「突然、経営者としての能力を発揮できなくなる」ことがあってもおかしくない年齢であることを自覚すべきではないか。

いつまでも若いつもりの“返り咲き”は、表向き歓迎されているようであっても、実際には会社のガバナンス・リスクを高めていることを知るべきだろう。

(了)

取材・構成=梶原麻衣子

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