【米国「フロードスター」列伝#10最終回前編】「高校生起業家」不正のピカレスク《前編》:自作自演で最年少上場を果たした「ウォール街の寵児」

年利650%の「高校生起業家」の始まりは女の子にモテるため

バリー・ミンコウは、1967年にカリフォルニア州ロサンゼルス北部のサンフェルナンド・バレーに生まれ、同地で育った。彼の父親は小規模なビジネスを営んでおり、母親は電話勧誘ビジネスのオペレーターだった。両親は勤勉で真面目だったが、経済的には決して裕福ではなかった。

彼は小学生の頃からビジネスに関心を持っていた。例えば、芝刈りや掃除のアルバイトで稼ぎ、それを元手にして文房具や玩具を販売するなど、近所の住民を相手に“商売”をしていた。また、ビジネスセンスや話術に長けていた彼は、9歳から母親の電話勧誘業務も手伝うなど、幼い時から大人顔負けでその能力を活かしていた。

82年、ミンコウは地元のクリーブランド高校に進学した。その高校には、アメリカの典型的なティーンのヒエラルキー構造が存在していた。スポーツ選手、チアリーダー、裕福な家の子どもたちがキャンパスを闊歩し、週末には華やかなパーティーを開いていた。

その中でスポーツ選手でもなく、富裕な出でもないミンコウは、どうやったら周囲に存在感を誇示し、女の子にモテるかということに考えをめぐらせていた。

彼はまず身体を鍛えて筋肉をつけようとスポーツジムに通うことを思いつくが、会員費を払う余裕がない。そこでジムのシャワールームの掃除と引き換えに会費を免除してもらうよう交渉した。ジムに出入りできるようになったミンコウは、“リスペクトしていた男”と出会い、筋肉増強剤を不法入手するようになる。

ある日、その男から「自分で事業を起こしてみたらどうか」と声をかけられ、週200ドルの利子を払う条件で、資本金として1600ドルの小切手を渡された。

とはいえ、これは実に年間利率650%という常軌を逸した利子。それでも、起業したら意中の女の子の関心を引くことができる、裕福になって自分の人生を変えることができる――そう考えたミンコウはその場で即決、リスペクトしていたその男から小切手を受け取ったのだった。