【米国「フロードスター」列伝#6】会計担当者の不満と内部統制の欠如が生んだ130万ドル横領
エスカレートした不正と蝕まれた精神
ホマが最初に行った横領は、住宅ローン1カ月の返済分という、小さな金額だった。彼は「ほんの少しだけ」と自分に言い聞かせながら、最初の小切手を発行し、それを自らの口座に入金した。
この時点ではまだ、罪の意識を重く感じ、自分の不正がいつか露見するのではないかという不安に常に苛まれていた。翌月には返金するつもりだったが、その一方で「誰も気づかない」「自分はこのシステムを完全に掌握している」と自信を持つようになった。こうやって、一度手を染めた後、返金はおろか、繰り返し不正行為を続けるようになる。
そして、時が経つにつれて「もっと多くのカネを手に入れることができる」という誘惑に打ち勝つことができなくなった。最初は少額で満足していたものの、生活が豊かになるつれ不正行為への依存が深まり、金額も増加し、小切手の発行回数も増えていった。慣れが生じたせいか、不正実行期間の最後の2年半は60から70枚の小切手を作成したが、すべての金額を「9812ドル54セント」に統一していた、という。
当初は罪悪感や不安を抱えながらも、「すでに行動してしまった以上、発覚するリスクは同じ」と感覚が麻痺し、次々と小切手を発行。ホマは自らの行為が発覚しないよう、毎月の帳簿を細心の注意を払ってチェックし、外部監査にも対応し、会社の監査や内部調査をすべてすり抜けていた。そのため、会社はホマの不正にまったく気づくことなく、最終的に3年半にわたり137枚の小切手を不正に作成。着服した総額は約130万ドルに及んだ。
しかし、ホマの精神状態は一気に悪化する。不正行為発覚の恐怖と罪悪感に追われる日々が続き、ストレスと後悔が増大した。精神的に追い詰められていった彼は、うつ病や不安障害に苦しみ、夜も眠れず、酒に頼るようになる。不正行為を続けることが彼を蝕み、最終的には職場でパニック発作を起こすまでになった。
逮捕、そして人生のセカンドチャンス
不正を始めて3年半、ついに横領が発覚し、ホマは逮捕された。裁判で罪を認め、22カ月間の連邦刑務所での服役を終えた後も、連邦保護観察下に置かれることとなった。さらに、会社から130万ドルの返済義務を課され、連邦税務当局や州税務当局から多額の追徴課税を受けるなど、彼の犯した行為の代償は大きかった。
当初は、システムの欠陥や経営陣の方針などを弁明に用いたホマだったが、最終的には、自らの欲望と倫理的判断の欠如が不正の根本原因であったと認めるに至った。また、「家族が本当に必要としていたのは物質的なものではなく、愛と信頼であった」ことに気づき、家族のためという正当化も過ちであったと深く反省している。
アメリカは“セカンドチャンス”を与える国として知られ、これまで取り上げてきた多くのフロードスターと同様に、ホマもまたそのセカンドチャンスに賭けている。
現在、彼は、刑事賠償金や滞納税金を支払うため質素な生活を送りながら、過去を繰り返さないことを誓って再出発している。その再出発の活動として、彼は不正防止対策のプロフェッショナルに向けて、自らの経験や反省を語る講演活動を行い、同様の過ちを未然に防ぐためのメッセージを発信している。
「蛇の道は蛇」という言葉の通り、彼らフロードスターは、その手口、不正を犯す心理、そして機会について熟知している。彼らを糾弾し社会から排除するよりも、かつての不正実行者が発信する情報を教訓として、不正の実態と要因を究明し、組織のガバナンスを強化・改善することを目指したい。
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