【米国「フロードスター」列伝#6】会計担当者の不満と内部統制の欠如が生んだ130万ドル横領

増幅するストレスと不正の始まり

ホマは入社直後から、勤務先のビジネス慣行や経費処理の曖昧さに対して不信感を抱きつつも、自身の立場や業務範囲について“割り切る”努力をしていた。しかし、新しく着任した上司との摩擦が生じ、職場での孤立感が増すにつれ、日々の業務は憂鬱このうえないものに変わっていった。

杜撰な会社の方針に従って行わなければならない会計処理や経費に対して、責任感と発覚時のリスクを感じる毎日……。その結果、自分の業務への嫌悪感が募り、「“何か”が起これば、経理担当者である自分の責任を追及されるのでは」と怖れを抱くようになる。仕事そのものから逃げ出したい気持ちを持ちながら、そして、さまざまな会社に対する不満を抑えながら、日々を過ごしていった。

しかし、彼のストレスレベルは徐々に悪化し、ついには「自分は彼らのために働いているのに報われていない」と考え、会社や周囲に対する“復讐心”が芽生えるようになる。

そんなある日、彼は職場の会計ソフトに存在する重大な欠陥を発見した。それは、小切手を作成した後でも、記帳される前であれば、ソフトウェア上で小切手の受取人を変更できるというものだった。

このため、例えば、特定の受取人(社員や架空の会社など)が実際に小切手を受け取っているにもかかわらず、会計ソフト上では別の正規の取引先に発行されたように見せかけることが可能になっていたのだ。

このシステム欠陥を見つけたホマは、直ちにIT部門や経営陣に報告した。ところが、修正には3000~1万2000ドル(約35万~140万円)が必要ということで、経営陣は「すでに問題を把握しているため対応は不要」と判断し、問題は放置されたのだった。この対応が、のちにホマの犯罪行為の扉を開く結果となる。

小切手データ改ざんによる横領

ある時、ホマは、住宅ローンが支払えないことに気づいた。返済に困った彼は、そこで会計ソフトの不備を思い出し、それを悪用したスキームを考え付く。

まず、架空の会社を設立し、その銀行口座を用意する。その後、自分自身に対して小切手を発行し、その小切手をソフト上では正規の取引先に発行されたように書き換える。これにより、物理的な小切手と会計データが一致しない状況を意図的につくり出し、不正な支払いを正規のものとして帳簿に記録した。

幸い、ホマの部署では彼一人が経理担当なので気づかれにくいうえ、監査の目も厳しくない。さらに、職場には給与用、買掛金用、緊急対応用と3種類の小切手帳があり、特に“緊急対応用小切手帳”は、予期せぬ支払いに迅速に対応する必要から、即座に小切手を発行できる運用がされていた。

小切手帳の発行および月末の帳簿の調整はホマ自身が担当しており、ソフトの欠陥を悪用しても内部監査で気付かれにくい状況だった。そのうえ、緊急対応用小切手帳については、月平均150〜200枚が発行されるため、彼の不正行為は目立たない。

最初こそ不正に対する強い抵抗感を感じていたものの、次第に気持ちが揺れ動き、ついに実行に移すことを決意する。「誰も見ていない」「自分が帳簿を管理している限り、誰にもバレることはない」「家族のためにお金を使うことは正当である」と自分に言い聞かせたと、ホマはのちに振り返っている。