【米国「フロードスター」列伝#5】親友弁護士コンビの「史上最長インサイダー事件」を誘発した“大手ローファーム”のセキュリティ環境
逮捕直前の“悲劇”
当初は多方面に気を配って不正を重ねていた二人であったが、終盤になると以前ほどの慎重さを欠くようになっていく。やがて彼らの行動は米証券取引委員会(SEC)とカナダのオンタリオ州証券委員会(OSC)の目に留まることになる。そのきっかけは、コーンブルムの一見何気ない些細な行動によるものだった。
2008年2月のある日曜日の深夜、コーンブルムは当時所属していたドーシー&ホイットニー法律事務所のコンピューターを使って、自身が従事していなかった合併取引に関する3種類の文書を閲覧した。しかし、コーンブルムはその日に顧客にタイムチャージ(時間報酬)を請求していなかったのだ。事務所内で閲覧履歴と報酬の記録の整合性が取れず、それが綻びとなった。
同年4月、規制当局は、この合併の発表直前になされた取引の流れに疑念を抱き、合併の取引交渉に関与した法律事務所を突き止める。それこそ、コーンブルムが当時勤めていたドーシー&ホイットニーだった。
捜査の手が同事務所に及び、追及されたコーンブルムは、嫌疑を否定するも、解雇される。発覚は目前と、精神的に追い詰められたコーンブルムは2度自殺未遂を図る。捜査官に協力して供述を重ねるにつれ、彼の精神は崩壊していった。
その間捜査は進み、インサイダー取引の痕跡が徐々に浮かび上がってきた。オフィス用品大手の米ステープルズ、オランダ金融機関のINGグループ、世界的アルミニウム企業の米アルコアなど大企業を舞台にした46件の大型インサイダー取引が明るみになる。固い守秘義務がある弁護士2人によるインサイダー取引事件は、そして悲劇的な終焉を迎える。
09年10月27日早朝、2人がニューヨークに出頭し有罪を認める予定日の前日、コーンブルムはトロントの道路橋から身を投げ、自らの命を絶ったのだ――。
言うまでもなく、グルモフセクにとってコーンブルムの自殺は大きな衝撃であった。
「もし初めの取引で捕まっていれば、これほど多くの被害を出すことはなかっただろう」
親友であり共犯者である彼の自殺は、不正取引の連鎖の悲劇的な幕引きとなると同時に、グルモフセク自身がようやく過ちを認め、深く反省するきっかけともなった。
グルモフセクの反省と現在
グルモフセクの逮捕と収監は、家族や友人に大きな衝撃を与えたばかりか、彼自身にも法の厳しさを突き付けた。
彼は39カ月(3年3カ月)の懲役刑に加えて、不正取引で得た利益を全額返還するよう命ぜられた。ただ、当時のグルモフセクの経済的状況に鑑み150万ドルの免除があり、米SECへ850万ドル(約8億8000万円)、カナダOSCへ103万ドル(約1億600万円)を返還した。
グルモフセクは自らの過ちを振り返り、親友を失った痛みを抱えながら、凶悪犯が収監される厳重なセキュリティの刑務所で、3年3カ月の刑期を過ごしたことは冒頭の通りである。
そんなグルモフセクも今は新たな人生を送っている。
出所後は自らの経験を生かして、不正のリスクやその影響について警告する活動を始めたのだ。彼は自身と同じ過ちを犯す人々を減らすことを目指し、各地で講演活動やコンサルティング業を行っている。
この事件により、グルモフセクは、弁護士資格を剥奪され、すべての証券取引や株式の取得はもちろん、発行体、発行者、投資ファンド運用会社といった組織の役員や取締役、プロモーターに就くことを永久に禁じられた。しかし、彼が失った最大のものこそ、無二の親友だったのかもしれない。
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