将棋漫画「3月のライオン」と上場維持基準に関する経過措置【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#15】

経過措置企業は約250社、“その場しのぎ”では解決にならない

そこで気になるのは経過措置が適用されている上場企業はどのくらいあるかだ。「日本経済新聞」3月28日付の記事によると、3月下旬時点でプライム市場55社、スタンダード市場約140社、グロース市場は昨年10月時点で51社とのことである。

この中には、次回の基準日で上場維持基準に適合する見込みであることをすでに発表している企業もあるが、計画期限までに上場維持基準に適合することが困難であることが推測される企業もある。

特に、上場維持基準のうち「流通株式時価総額」や「流通株式」の要件を満たすことは容易ではない。流通株式時価総額は東証一部で10億円だったものがプライム市場では100億円とされた。これまでの3年の間で達成できていないのに、経過措置後の限られた期間内で基準をクリアすることは、現実的に相当ハードルが高い。

また、流通株式は、市場で売買されている株式を意味し、自己株式や持ち合い株式が除外されるため、流動性を高めるための堅実な措置を講じることが欠かせない。これも、限られた期間内でクリアすることはかなり困難と言える。

さらに、新基準では、上場を維持するために適合しなければならない基準は、新規上場基準と同程度の高いハードルを満たすことが求められていることにも留意する必要がある。

すなわち、上場廃止基準を新規上場基準よりもかなり緩やかに設定していた旧基準と異なり、新基準は、上場維持基準を新規上場基準並みのレベルの基準に設定し、それを下回ると上場維持が困難な制度設計に改められている。

そのため、改善期間に入ってから、新基準への適合を目的とした“その場しのぎ的な対処”を行って、辛うじて26年3月末時点で基準をクリアしても、本質的には意味がない。

持続可能な企業価値向上につながるような施策でなければ、その翌期以後も、上場維持基準を達成する見込みが立てられず、当該市場区分での上場を続けられなくなるという状況を避けられないのだ。

「非上場株式マーケット」が機能していない日本

新市場区分への移行や上場維持基準の見直しにより、経過措置の対象である上場企業は、本来の上場維持基準のもとで適合を目指すのか、基準が比較的緩い他の市場へ移行するのか、はたまた、単独での上場維持は諦めてファンド、親会社などを含めた他社によるM&A(合併・買収)やMBO(経営陣買収)などで非上場化して自由な経営で成長力を高めるの――。重要な判断を求められる局面に立たされている。

しかしアメリカでは、ベンチャーキャピタル・ファンドを含めた巨大なプライベートエクイティファンド市場、公募ファンドによる非上場株式投資(クロスオーバー投資)や非上場証券に投資する上場ファンド市場が存在して盛んに非上場株式・証券の取引・投資が行われており、新興企業、中小企業の資本形成を促進する制度改革も進んでいる。

アメリカの状況と比べると、日本では、上場廃止となった株式の流通を図る制度としては、「フェニッスク銘柄」(上場廃止銘柄を保有する投資家に換金の場を提供することや、上場廃止企業の再生を援助する仕組みとして、日本証券業協会が08年3月に創設した制度)や「株主コミュニティ」(地域に根差した非上場企業等の株式を売買したり、その株式発行により資金を集める仕組み)が存在する程度。しかも、それらが積極的に活用されているとは言いがたい。

日本でも、アメリカのような非上場株式・証券を取り扱う市場が定着し、取引が盛んに行われるようになれば、上場維持を至上命題とした経営戦略に固執せず、さまざまな選択肢が可能となるはずである。このことを考えると、市場区分再編および新上場基準の導入は、このような非上場株式を流通させるマーケットやそれを支える制度改革と車の両輪となってこそ、真の目的を達成できるのではなかろうか。

将棋コミックである「3月のライオン」に話を戻そう。

実は「3月のライオン」の最新刊が23年8月に出てから早1年半が経過しているのだ。

主人公の桐山零は1年遅れで入学した高校生で五段のままだし、トップ棋士は羽生善治九段をイメージして描かれ、AI(人工知能)ソフトを駆使する棋士はまだ登場していない状況が続いている。敢えて今回のテーマで喩えると、桐山零は「市場区分再編前の将棋界」で戦っているようなイメージを彷彿させる。

このままでは「3月のライオン」が、コミック・アニメ市場のメインストリームから忘れ去られかねない。これまた今回のテーマに当てはめれば、静かな上場廃止といったところか。同作品の連載が再開されて間断なく書き進められ、藤井聡太、永瀬拓也、伊藤匠ら新世代棋士が割拠する「市場区分再編後の将棋界」に舞台が移り、主人公が成長するストーリーが描かれることを1人の読者として期待している。

(隔週木曜日連載、#16は4月17日公開予定)