「EU公益通報者保護指令」を参考に
では、不利益処分の禁止の実効性を高めるにはどのような規定を定めるべきなのか。この問題を「鳥の目」「虫の目」「魚の目」という視点で考えてみたい。鳥の目はマクロ的な視点で巨視的に捉える、虫の目はミクロ的な視点で詳細に捉える、魚の目は、時間軸の流れを意識して捉えることを意味することは周知の通りだ。公益通報者保護法を、「EU(欧州連合)公益通報者保護指令」を比較検討対象として、上記の3つの視点で検討してみよう。
現在はEU加盟国となっているが、冷戦下の東欧諸国では体制の離反者・造反者を当局に告発する制度が機能していたといった歴史的背景から、公益通報者保護法制度の整備に消極的な国が多かった。ところが00年代以降になって、汚職・腐敗を防止するために公益通報が重要な情報源であり、それを保護する必要があるとの認識が浸透してきた。
その契機がエドワード・スノーデンによる米国安全保障局(NSA)に関する内部告発などで、それに安全保障にとっても公益通報が重要であると認識される機運が高まる。結果、欧州評議会が、公益に対する脅威や損害に関する情報を通報・公開する者を保護する制度・司法の枠組みの整備をEU各国に呼びかけ、それが域外にも広がっていった。
ここに租税回避がグローバルに浸透している状況を世界に周知させた16年4月のパナマ文書事件も加わった。通報がきっかけで、企業・社員間のハラスメントや人事などの問題にとどまらず、公共的な利益に関わるさまざまな問題を掘り起こし、世に知らしめて改善させ、公正な経済社会、すなわち、「持続可能な経済成長」と人々に「働きがいのある仕事」(Decent Work)をもたらす契機となる。このような公正な経済社会の基盤にとっての障害を検知し、浄化を促すwhistle(警笛)として通報制度が守られるのである。
公益通報には「社会正義に基づいた公正な経済社会の形成に寄与する重要な意義」があるとの認識が浸透。世界各国で公益通報保護の法制度やガイドラインの策定が進展することとなった。このような流れで、EU公益通報者保護指令は加盟各国が備えるべき“ボトムライン”の指令として制定されたものと整理できよう。
公正な社会経済の形成に役立つ通報が自主的・自発的に行われるためには、誰もが安心して通報することが法的にもきちんと確保されていることが必要なことは当然だろう。このような観点から、EU公益通報者保護指令では、通報を理由とした不利益処分を禁止し、不利益処分のさまざまな具体例を例示したうえで、包括的な禁止規定を定めている。
不利益処分のような行為が行われた場合、「公益通報を理由としたものではない」ことを企業の側が立証しなければならない構造になっている。さらに、同指令は、刑事罰は各国の制定法に委ねているものの、通報の妨害、通報者への報復、通報者の身元に関する守秘義務違反などの場合に適用される罰則を規定することを求め、EUの多くの国では直罰の形で刑事罰を規定している。
鳥の目から見て「社会正義に基づいた公正な経済社会の形成に寄与する重要な意義」がある公益通報者保護制度を虫の目で捉えると、その目的を達成するために必要な制度設計をミクロ的に検討した結果が上記のような制度設計である。そしてEU加盟国は、21年12月までにそれを導入するようにと時間軸も決めて導入を迫ったのだ。これは魚の目の観点と言える。