第13回【JAL植木義晴×八田進二#3】CA出身「鳥取新社長」を一丸で支える使命
(#2から続く)八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物と「ガバナンス」をテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。今回のゲストは、JAL(日本航空)で社長・会長を務めた植木義晴氏(2024年3月31日退任)の第3回。植木会長の退任と入れ替わる形で、客室乗務員(CA)出身、そして女性で初めてJALの社長に就任した鳥取三津子氏。時機を捉えた人事との見方が大勢を占める反面、経営者としての経験不足を懸念する声もある。その点について、植木氏はどう考えているのか。そして、自らが去ったあと、JALは過去へ戻ることはないのか――。「植木義晴×八田進二」対談最終段。
社長時代よりも「ダメージ」を受けなくなった会長時代
八田進二 JALで社長を6年、会長を6年経験された植木さんですが、会長という立場についてはどのようにお考えでしたか。特に名物社長やワンマン社長の場合、会長になってからも隠然として権力を持ち続け、人事を中心に采配を振るう例も少なくありません。
植木義晴 社長時代はJALの痛みをすべて自分のこととして受け止めていました。何かあると、1週間、立ち直れないくらいダメージを受けていたんです。しかし、会長になってから同じような事例に遭遇した時に、「あれ? オレ、社長時代ほど、痛みを感じていないなぁ」と気づいたんです。ただ、よく考えてみると、「そうか、それでいいんだよな」と。むしろ、会長になっても社長と同じ視点で考え、同じようにダメージを受けていたらおかしいわけです。
そもそも一歩引いた立場になりたかったから、社長を退いて会長になった。それなのに社長と同じように考えていたら、会長になっても社長のやることに口を出すようなことになりかねない。会長と社長は、まったく違う立場なのだと理解しなければならないんです。
八田 教科書的に捉えるならば、社長は、業務執行のトップの地位にあるのに対して、会長は、経営の監視・監督の元締めの役割を担っているのではないでしょうか。
植木 僕だって、6年社長を務めてきているから、今日や昨日、社長になったばかりの新社長には負けませんよね(笑)。でも、だからと言ってことあるごとに口を出していたら、会長になった意味がない。社長が自分で考えて決めるまで、我慢しなければと思っていました。聞かれたことに答える以外は、「ここだけは我慢ならん」と思ったことだけ、口出ししようと決めてた。
八田 今のお話からもうかがい知ることができますが、本当は一番大事なガバナンスの“あるべき姿”なんですよね。社長は最前線でアクセルを踏まなければならない。会長は一線を引いて、後ろに控えていなければならない。ただし、それが出来ていない会長が、日本ではいかに多いことか。
なぜ日本でこういうことが起きるかというと、「会長」という役職名に対しての認識が明確になっていないという問題があります。英語に直すと「Chairman」、今では植木さんの名刺のように「Chairperson」でしょうが、何の長なのかというと、これは「取締役会」の「長」という意味なんです。あくまでも取締役会の議事の進行を滞りなく進める役職であって、社長を押しのけて最前線に立つのが仕事ではない。だから植木会長の振る舞いは、まさにあるべき姿の会長なんです。でも、日本企業で植木さんみたいに考える会長は稀有な存在ですよ。
植木 そうなんですかね?
八田 なぜそうなるかというと、経営者は自分の後継者を自分で指名し、自らが会長としてさらにその上に立つ。意思決定や判断に口を出して、自分の判断を踏襲するよう陰に陽に迫るんです。その真意は「自分がやってきたことを覆されたくない」「自分の失敗を責められたくない」ということで、これが続くと先代を持ち上げて身動きが取れなくなる、前例踏襲の経営が続くことになります。
植木 もちろん、社長と会長の関係性は2人のパーソナリティや相性によっても少しずつ適温が変わるものだとは思うんですけどね。
「客室乗務員出身」だから社長に選んだのではない
八田 JALはパイロット出身の植木さんに続いて、整備出身の赤坂祐二さんが社長になり、そして今年(2024年)4月からは、新社長に客室乗務員出身の鳥取三津子さんが就任しました。3代続けて現場からのトップ登用です。
日本企業では、幹部候補は早い時期から経営企画や人事で純粋培養され、本社から外に出されることはまずありません。だから、私は「そういった人材こそまず子会社に出せ」と言ってきました。そうしないと、会社経営の現実がわからなくなってしまう。その点、JALの社長人事は思い切った決断で、しかも3人目が女性というのは東証プライム上場企業ではまさに「異例」。トップマネジメントの後継者の問題として、将来的にひとつのモデルケースになるのではないかと思っています。
植木 結果的に現場出身者が続いたことは、八田さんの言う通り、素晴らしいことかもしれません。しかし、「現場からのみ登用する」という条件で社長になり得る人材を探す、というのでは本末転倒なんです。3万人を超える社員を一番幸せにしてくれるトップは誰だ、と探した時に、僕の次にはたまたま赤坂という人材が整備にいた。赤坂の次にはたまたま、鳥取という人材が客室にいたというだけのこと。「次は整備から選ぼう」「客室から選ぼう」とやって見つかるわけではないです。
八田 適材適所での人材登用こそ、最も重要かつ公正な人事政策ですからね。
植木 ただ、社長になった時から運航・客室・整備・空港といった現場組織の役職者には「社長にならなくてもいい。でも、社長を取り巻くトライアングルの一角に常に誰かを送り出せるような体質はつくり上げておいたほうがいい」と言ってきました。
八田 役員や幹部は「現場を知らずして経営はできない」と実感しているはずです。不祥事が起きても、現場を知らないと具体的に何がどう起きたかがわからない。これは会計監査も同じで、会議室で帳簿をひっくり返していても何もわからない。現場で何が起きてこの数字が出てきているのか、実体が反映されているのかを判断できません。まさに「現場・現物・現人(げんにん)」ですよ。
植木 僕自身がそうですが、運航を担う組織の出身者は、現場ではプロですが、本社で経営の役に立つなんて考えもしないものです。しかし一方で、航空会社はやっぱり「その道のプロ」「現場一筋30年」という人たちが現場で積んできた経験に支えられていて、経営側がこれを軽視すれば、いつか大きな失敗をする。「(経営の)理屈ではわかりますが、今日この飛行機はこのままでは飛ばせません」と言い切れる人間が絶対に必要だし、現場はそういう人間を常に輩出できる準備をしておかなければならないんです。
八田 現場からの登用に不満を持つ人たちがいるかもしれません。それでも、最終的に社員が納得して「会社のために」と力を発揮できるようになったのは、やはり一度劇的に会社が潰れて、植木さんという人材が「ワンチーム」を徹底したからでしょう。会社の一部分だけの変革では、こうはならなかったのではないでしょうか。
植木 赤坂も鳥取も、覚悟を持って社長指名を受けている。それなら後は応援するだけですから。もちろん最初は足りないところがあるのは当たり前。経営経験のベースがない中でやっていくのは大変です。でも、「経験がないからダメ」なのではない。会長や取締役、執行役員が新社長を支えてやるんだ、みんなの助けがあれば大丈夫だと。そう思っています。
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