不祥事発覚も「内部通報制度」が機能しなかった上場企業19社
「調査委設置の窓口」には通報が寄せられた豊田自動織機
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のテストイベントの入札業務において、独占禁止法違反の疑いで子会社社員が公正取引委員会から刑事告訴され、法人としても起訴された電通グループ。検証調査委員会が23年6月9日に公表した調査検証報告書には、関係者の一部は、コンプライアンス上の懸念を抱いていたにもかかわらず、法務・コンプライアンス部門に相談をしたり、内部通報制度を利用したりすることがなかったと記載されている。さらに、「コンプライアンスライン」という内部通報の社内窓口と社外窓口を運用しているが、社員からの通報件数は少なく、通報内容も業務におけるコンプライアンス上の問題についての報告はほとんどなく、〈内部通報が実効的に機能していなかった〉と指摘された。
フォークリフト用エンジンの試験不正が問題となった豊田自動織機では、2024年1月29日に出された特別調査委員会の調査報告書で、発覚した不正において同社の内部通報制度が活用されることはなかったと指摘。〈内部通報を行った結果、事実上の不利益を受けることを危惧するなどの心理的安全性が確保されていなかった事情も存在すると思われる〉とされ、内部通報に対する”報復”に慄く社員の姿が浮かぶ。さらに〈管理職が現場の問題に正面から向き合ってこなかったからであり、声を上げても無駄である、不利益を受けるリスクだけが残るなどの意識が蔓延することになったのではないか〉とも。
実際に、特別調査委員会が発足してからは、同委員会が設置した通報用窓口に比較的若い社員からの「法規違反ではないか」といった通報が少なくなかったという。つまり、調査委員会が会社とは独立した組織だったために、個人が特定されない、あるいは会社から不利益な扱いを受ける恐れがないだろうという“安心感”が通報を後押しと言える。
樹脂製品で米国の第三者安全科学機関の安全認証を不正に取得していたデンカと持分法適用関連会社の東洋スチレン、胃潰瘍や急性胃炎向けの後発薬を製造する沢井製薬の九州工場での品質試験の不正においても内部通報制度は活用されていなかった。
特に沢井製薬では、特別調査員会の調査報告書には〈試験担当者が、本件不適切試験について内部通報等の手段を採らなかったのも、本件不適切試験は不適切な行為であると疑問を持ちつつも、上司からの指示に反してまで改善するべきほど重大な問題であると認識していなかったためである〉と記載されており、直属の上司以外に相談する環境がなかったことが指摘されている。複数の上司に相談できる環境を整備させるとともに、九州工場の従業員に内部通報制度の周知徹底や、気軽に相談できる相談窓口を設けるなど、現場の担当者が相談可能な上司以外のラインを確保すべきだとしている。
経営陣のリスクマネジメント意識が低い近畿日本ツーリスト
行政から指摘を受けて新型コロナウイルス禍にまつわる不正が発覚したのは、クリーニング業のきょくとう(雇用調整助成金の不正受給)、KNT-CTホールディングス(KNTCT)傘下の近畿日本ツーリスト(ワクチン接種におけるコールセンター業務での過大請求)、総合衣料問屋のプロルート丸光(雇用助成金の不正受給)の3社。
特に近畿日本ツーリスト(KNT)では、発端となった大阪・東大阪市だけでなく静岡・掛川市や焼津市でも同様の不祥事が相次いで発覚している。2023年8月8日に公表された調査報告書には、KNTCTグループには「ヘルプライン」と称する内部通報制度があり、不正を発見した場合は直属の上司を介することなく上層部に報告できるとしている。しかし、調査委員会が実施したアンケートでは、KNTにおける過大請求の存在を知っていたが、直近3年間でヘルプラインに過大請求に関する通報がなかったことから、〈業務上行われる取引行為の妥当性等に関して、内部通報制度は十分に機能しておらず自浄作用を期待できる状況にはなかった〉と断言している。その背景にあるのが、経営陣のリスクマネジメント意識の希薄さだと報告書は指摘する。
同じく雇用調整助成金を不正受給していたプロルート丸光(2023年12月会社更生手続き開始)。23年7月14日に公表された第三者委員会の調査報告書では、同社にも内部通報システムが存在したが、十分に機能していなかったと指摘。さらに不正申請がされていた当時、問題意識を持った社員がいたにもかかわらず、社外窓口の顧問弁護士にも内部通報があった事実は確認できなかったとしている。
その理由を、〈社内の通報先は、不正を行っていた管理事業部となっていたこともあって、改善が期待されなかったとも考えられるが、社外窓口までが利用されなかったのは、その存在が周知されていなかったか、あるいは、窓口が顧問弁護士であり相談し難かったとか、通報者の秘密が守られるか不安だったなどの、何らかの原因があったと見るべきである〉と指摘している。
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以上のように、内部通報が機能しなかった理由の多くは、通報窓口の周知が徹底されていなかったという経営陣のコンプライアンスやリスクマネジメントに対する意識の低さに加え、通報した社員が誰なのかという“犯人捜し”や、仮に特定された場合の“報復”といった心理的恐怖が内部通報のハードルを上げていることがわかる。
2022年6月に改正公益通報者保護法が施行され、通報者が誰なのかという“犯人捜し”などが禁止され、違反した企業には国が報告徴収や指導・勧告することが可能になった。しかし、改正法施行から1年以上経てもなお、通報が増えないのは、自社でそうした“犯人捜し”や“報復”が罷り通る状況だと社員が認識している証左と言える。
片や、現在では、行政や報道機関への「内部告発」のみならず、インターネット上のSNSなどのツールを使って誰もが身の回りの不正や不祥事(の一端)を暴露できる時代でもある。そうなると、外部から不正・不祥事が発覚することになる。逆に言えば、組織内の「内部通報」によって不正の芽を感知できれば、その芽は小さければ小さいほど、業績や社員、世間に与えるインパクトを最小限に抑えられるわけだ。そして、内部通報の効用を語り得るのは、経営者を置いて他にはいない。
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