祝WS制覇! 大谷翔平の元通訳「水原一平」は安全ではない!? 米刑務所という“暴力世界”【海外法務リスク#5】
水原一平の収監先となる「低」警備刑務所も安全ではない
米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳で、銀行詐欺などの罪に問われている水原一平が、12月20日に予定されている量刑言い渡しの後、暴力沙汰が放置されているこんな矯正施設にぶち込まれる可能性は、現実的には低いと見られる(本連載#4参照)。
銀行詐欺はそもそもホワイトカラー犯罪であり、しかも初犯だ。狂暴性もなく、脱獄の恐れもほぼないと判断されるだろう。そうしたことを勘案すると、水原が収監されるのはせいぜい「低」警備の施設となるのではないだろうか。
「中」や「高」の施設に比べれば格段に“安全”で、凶悪犯罪人には遭遇しなくて済む可能性が高い。
ただそうした施設であっても、受刑者同士、刑務官から受刑者へ、受刑者から刑務官へのさまざまな形の暴力やハラスメントが後を絶たないのが、米国の矯正施設の実態だ。
究極的な暴力は言うまでもなく殺人だ。今年2月に司法省監察総監室(OIG)が公表した、全米の連邦矯正施設における被収容者の死亡に関する報告書によると、2014~21年度に計89人が殺害されている。最も多い死因は自殺の187人(性被害などに遭ったのを苦に自殺した者も含まれているとみられる)だが、殺人も1年に10件超のペースで起きていることになる。
殺害手段は、「鈍的外傷」が40人、「刺殺」(施設内では手製の凶器が出回っている)が29人、「絞殺」が19人などとなっている。殺人の大半は警備が「中」以上の施設で起きているが、「低」警備の施設でも5人が殺害されている。
連邦矯正施設で押収された凶器
一方、PREAに基づいて集計された、2023年(暦年)の矯正施設における性被害に関する統計によれば、被収容者が別の被収容者から受けた性被害の申し立て(計597件)のうち、立証された事案(31件)で最も多かったのが、「低」警備の施設で起きた12件だった。このことは、どんな施設にも「捕食者」が潜んでいることを示している。
ただし、こうした数字はあくまで正式な報告に基づいて集計されたもので、鵜呑みにはできない。公になっていない事案を含めたり、あるいは集計の仕方を変えたりすれば、殺人やレイプの被害者はさらに膨らむのは確実だ。
PREAの施行なども手伝って、米国でも特に、矯正施設内での性暴力に対して厳しい目が向けられるようになった。だが、そもそも犯罪者が服役中にレイプされても自業自得だといった見方が社会的に許容されてきたのも事実だ。
首都ワシントンのコロンビア特別区連邦地裁のレジー・ウォルトン上級判事は2023年9月17日、CNNのウェブサイトに寄稿し、「若年層やLGBT(性的少数者)、精神疾患を持つ人(中略)など特に脆弱な立場に置かれた人々にとって、性暴力が事実上、処罰の一部になっている」とし、刑務所“弱者”の性被害を見て見ぬふりをする風潮に苦言を呈した。
前述のジェイソンの事例を見ても分かるように、被害に遭った個人は深い傷を負う。沈黙を貫く人も多く、出所を待たずに自殺するケースも後を絶たない。
実際問題、水原が何らかの身の危険に遭う可能性はゼロではない。そうした時、ハープのような、刑務所で生き抜くための理論と実践に長けた、「刑務所の王」と呼ばれるような限られた強者でもない限り、1人では戦えない。かといって最初から刑務官に頼れば、「密告者」のレッテルを貼られて信用されないどころか、物理的な報復に遭う恐れもある。
水原がそんな閉じられた空間で数年間を過ごし、無事に社会復帰するには、食事の際、食堂でどこに座るかが、まずは第一の関門となると見られる。米国の矯正施設では人種間の壁が厳然としてあり、一般に白人、黒人、ヒスパニックの3グループに分かれる。食事の際にはグループごとに座るか、時間帯をずらす。アジア系は「その他」に分類されることもあるが、相対的に数が少ないため、便宜上、黒人かヒスパニックのグループに入れられることもある。帰属するグループが、個人を守ってくれる防波堤になる。
水原の収監初日は、目に見えない人種間の軋轢が存在する塀の中での生活と身の安全を保障してくれるグループ選びという、難しいが重要な選択から始まることになりそうだ。
(敬称略、#6につづく)
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