祝WS制覇! 大谷翔平の元通訳「水原一平」は安全ではない!? 米刑務所という“暴力世界”【海外法務リスク#5】

日本人受刑者、「刑務所の王」に会う

1995年9月、「大和銀行巨額損失事件」と呼ばれる不祥事が世間の度肝を抜いた。大和銀行(現りそな銀行)ニューヨーク支店の日本人トレーダーが、米国債投資の失敗で約11億ドル(当時のレート換算で約1133億円)もの損失を出したのだ。

巨額損失だけでは終わらなかった。大和銀行が損失を隠すため米当局に虚偽の報告をしたことが発覚。同行は起訴され、3億4000万ドル(同約358億円)の罰金支払いを強いられた。加えて米国市場からの追放という、屈辱的な処分を科された。

これだけの大事に発展した端緒は、くだんのトレーダーが頭取に送った、損失を出したことを告白する書簡だった。

差し出し人は井口俊英(当時44)。自身も逮捕され、捜査に協力する見返りに処罰を軽減してもらう司法取引を受け入れた。

逮捕後は、ニューヨーク市内にあるメトロポリタン矯正センター(MCC)で拘置された。MCCは連邦矯正施設の一種だが、「最小限」「低」「中」「高」に分類される警備レベルの枠外に設けられた、「管理」レベルの施設だった。MCCは主に、井口のような裁判を控えた被告人や薬物中毒の受刑者、凶悪犯罪者など多様な経歴の持ち主を一時的に受け入れている。

MCCに約1年3カ月にわたり収監された後、井口は1996年12月、連邦地裁で禁錮4年と罰金200万ドルの実刑判決を言い渡される。次に移送されたのは、ニューヨーク州の南隣ペンシルベニア州の連邦複合矯正施設だった。そこで2年弱服役した後、98年11月、仮出所した。

禁じ手の簿外取引で巨額損失を出した井口だが、単なる“ローグトレーダー”(ならず者トレーダー)では終わらなかった。服役中に卓越したコミュニケーション能力と文才を発揮、自らの不正行為の真相をせっせと綴り、その名も『告白』(文藝春秋)と題する著書にまとめたのだ。

同書の末尾で触れられているが、井口はMCCで、カリスマ的な白人の凶悪犯罪者と出会う。その名はジョージ・ハープ。全米の矯正施設にネットワークを張り巡らせる人種別の刑務所ギャングのひとつ「アーリアン・ブラザーフッド」(AB)のリーダー的存在だった。

ハープは高校を卒業した17歳の夏、調子に乗って酒屋からウイスキーを盗んだとして刑務所送りになって以来、施設内での殺人を含む暴力事件や脱獄、一時出所した際に働いた銀行強盗など一連の罪で通算30年以上にわたって全米各地の矯正施設を転々としていた。井口と出会ったのは61歳の時だった。

MCCで直接、生々しい証言を聞いた井口は、尊厳を守るためには暴力も辞さないという“哲学”を実践してきたハープの刑務所人生に強く惹かれ、自身の刑期を終えた後、今度はハープを主人公とする『刑務所の王』(文藝春秋)を著した。

そこに描かれているのは、常人ではとても想像できない、「無法地帯」「弱肉強食の野獣の世界」(同書)だ。

同書によると、出来心で酒を盗んだハープだったが、塀の中での生活はいきなり、暴力で幕を開けた。大男からレイプの脅しを受けたハープは、幼少期の性被害の記憶が蘇り、怒りに燃える。その場面を引用する。

ゲームルームの入り口に現れたジョージは、バクストンの後ろ姿を認めるとスルスルと近づきバクストンの横に立った。トランプに熱中していたバクストンが、その気配に気づいて、「ん?」とジョージの顔を見あげた瞬間、「スバッ」とジョージの拳が顔面にめり込んだ。椅子ごと後方にひっくり返ったバクストンが体勢を立て直す間もなく、ジョージは馬乗りになって、タオルを巻いた手で、血を噴いた鼻柱をめった打ちにした。バクストンの顔はすでにつぶれたスイカのように形がなくなっていたが、それでもジョージは止めず、立ち上がってその脇腹を砂袋でも蹴るように、無造作に繰り返し蹴り上げた。

バイオレンス映画の一場面のようだが、これは創作ではない。井口がハープから聞き取った逸話、手渡された手記、関係者への取材を通じて再構築した、事実に基づいた物語だ。