久保利英明会長「日本ガバナンス研究学会」が“人権”をテーマに年次総会を開催《大会記前編》
「ブルーウォッシュ」の懸念も…人権でダメ出しされる日本企業
一方、同学会の年次大会は今回で第17回を数え、今回は開催校である追手門学院大の藤原英賢准教授が準備委員会の委員長として、会場や大会プログラムの手配を担った。統一論題は「信頼向上に向けたガバナンスの確立――多様化する組織と不正の視点から」。当日10月5日の午前は3会場に分かれて内部統制改革やサイバーセキュリティなど自由論題報告として7人が登壇。その後、会員らが一堂に会して統一論題をテーマにした討論などを繰り広げた。
中でも注目を浴びたのが、「人権とガバナンス」をテーマにした研究部会(部会長=あおぞら債権回収の髙畑伸氏)の報告だ。
研究部会は、国連が人権や労働などの4分野10原則において企業に要請する取り組み「グローバル・コンパクト」(取り組み)に賛同する50社をピックアップして有価証券報告書や統合報告書などを調べ上げた。その結果、有価証券報告の「事業等のリスク」で人権リスクを取り上げている企業が39社あった。このほか、人権に絡んで役員研修の実施方針を掲げる企業も40社あった。
ただ、実際にどのような取り組みが行われているかは、はっきりしなかった。取締役を対象に人権研修を実施しているという記載は2社 。また、株主総会などに提出される役員の能力を示したスキル・マトリックスで、「人権」を項目に掲げた企業は50社中3社 にとどまるという。
ところで、日本での推進団体であるグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ、東京都渋谷区)の公式サイトによると、日本企業635社がグローバル・コンパクトに賛同のうえ署名し、GCNJに加入しているという。川崎重工業やキリンホールディングス、NTT、ANAホールディングス、セブン&アイ・ホールディングス、三菱フィナンシャル・グループなど、さまざまな業種の大手企業が参画している。
年次大会では個別企業の具体的な施策については触れられなかったが、例えば、オムロン。同社は2024年3月期の有価証券報告書の「事業等のリスク」で「人権」という項目を立て、仕入れ先にガイドラインを提示することなどの対応策を例示している。
また、役員研修の実施状況では、大和証券グループ本社がホームページに「人権の尊重」というコーナーを設けて詳説。具体的には、23年度は新入社員のほか、部長や課長代理昇格者らを対象に人権を多面的に考察する研修を実施したほか、全役職員が「障がい者の方への合理的配慮の提供」「LGBTQ+」の方について理解を深める」をテーマに動画を視聴したり、課題がある場合にはどのような対応をするべきかという観点から話し合ったりしたという。
さらに部会報告でもフォーカスされた取締役のスキル・マトリックスについては、水処理の栗田工業が「人権」を9項目の1つに掲げている。人権を組み込んだ理由について、グローバルな事業展開で多様な労働環境や商習慣、取引慣行に直面していることを挙げ、「ステークホルダーの人権を尊重して事業に取り組む必要がある」と説明している。
加えて、研究部会の報告は、旧ジャニーズ事務所の問題で話題になった国連の「ビジネスと人権」作業部会にも及んだ。作業部会の報告は、旧ジャニーズ事務所以外にも、女性や技能実習生などの外国人、「LGBTQI+」の人たちなどに対しても不平等や差別があることを示し、その解消を求めていた。
このような国連の作業部会の報告について、研究部会メンバーの一人で本誌連載でもお馴染みの遠藤元一弁護士は「世界水準のレベルと比べてかなり劣っていると日本企業がダメ出しを喰らった」と解説。日本企業の中には、企業のイメージアップを図るべく「ハラスメント防止」などを対外的に掲げながら、その実、人権侵害を許容する「ブルーウォッシュ 」と言われるケースが散見されると指摘し、「人権を含めてサプライチェーンのリスクマネジメントは企業にとって最重要課題だ」と訴えた。
研究部会では、国家だけでなく、企業も人権尊重の責任を持つべきだという考え方をすでに日本政府が採用していることも報告され、企業の責任が本格的に問われる時代に入ったことを印象づける内容となった。
次回の後編ではこれ以外のセッションなどについて報告する。
(後編につづく)
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