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【会計士「自主規制」機能喪失#1】会計士の“職域”を溶かす「サステナ情報保証」という外圧

会計士に罰則あり、片や非会計士には強制力なしの基準

それはJICPAが発行する『会計・監査ジャーナル』2024年7月号に掲載された、野村アセットマネジメント社外取締役(監査等委員)の井村知代氏による論稿だ。井村氏は非会計士の立場から、2024年1月よりIESBAに日本からのボードメンバーとして参画している。

この記事で井村氏は自ら「監査の実務家ではない」と述べたうえ、「あるグループにとっては常識であることがグループ外の者にとっては必ずしも常識であるとは限らない」ということで、あたかも会計士が“閉鎖的社会における専門家集団”に陥っているかのように印象付けているのである。

これはアメリカで採用されている陪審員制度や、日本の裁判員制度を考えてみると分かりやすい。両制度は「裁判官が理解しない、一般人の心情を量刑に盛り込む」ことが重視されている。それと同様に、会計・監査業務という専門的な分野に、あえて“素人”の視点が必要だと言っているのだ。だが、監査業務に素人の“心情”が必要だと言えるのか。歴史的にもプロフェッションと称される専門職業の代表として、医療業務を担う医師が挙げられるが、その医療業務の適切な執行に関して、医療に関する素人の判断が求められるというのであろうか。特に、プロフェッションと称される専門職業の社会的な役割や、こうした役割を担う専門職業人の適格性を規定することで職業資格が付与されてきている制度的実態を正しく理解しているのであろうか。

さらに井村氏は「監査の実務家以外の視点が重要であろう」とする領域として、サステナビリティの問題を挙げるとともに、会計士以外がサステナビリティ保証業務に関与することを前提した、「サステナビリティ保証業務における倫理・独立性基準:IESSA(International Ethics Standards for Sustainability Assurance (including International Independence Standards) )」新設の意義を指摘している。このことにより、「財務情報とサステナビリティ関連情報について『同等に高水準な品質の監査・保証』が期待でき、両情報を合わせて投資判断をしている投資家サイドにとっても意義がある」と捉えているのである。

ところで、このIESSAは、IESBAが設定することで、既存の会計士向けの倫理基準の中に包摂して、すべてのサステナビリティ保証業務の実施者に対して遵守させることが意図されていることには、驚愕を覚える。というのも、あくまでも、会計プロフェッションの自主規制の要としての倫理基準と、それとはまったく異なる視点でのIESSAを同等視することは、監査・保証業務を独占的に担ってきている会計プロフェッションを取り巻く現行制度を根底から覆すことにもなりかねないからである。

口実として挙げられているサステナビリティ情報の保証とは、旧来ESG情報と捉えられていたが、環境や社会、さらにはガバナンスに対する健全性を企業が開示し、守るべき指標として女性幹部の割合や自然環境への配慮、児童労働や搾取など人権への配慮が行われているかを開示し、そうした開示の信頼性を保証しようとするものだ。現に、企業、特に上場企業に対してはこうした面での一定の基準が守られているかが企業価値に直結するようになってきた昨今、市場もサステナビリティへの配慮を要請するようになってきている。

一方で、企業が公開するサステナビリティ関連情報が事実に即しているかどうかは、第三者が確認するほかない。そこでIOSCOはIESBAに対して「グローバルに使えるサステナビリティ情報の保証を行う者が遵守すべき倫理基準を策定すること」を要請しているのだ。

なぜこのような事態に至るのか。すでに非財務情報の保証に関しては、経営コンサルタントなどの非会計士が関与し始めているのである。つまり、サステナビリティ情報の開示と保証の実務が、財務情報の監査とは無関係に、見切り発車してしまっているという現実がある。IFACの調べによれば、2021年時点で日本では会計事務所とそれ以外で半々ずつくらいの割合で、こうした保証業務に関与しているのだ。国際平均では、約60%を会計事務所が担っているが、IESBAは会計士以外が担う割合が増えることを見越して、会計士も非会計士もごった煮にした倫理基準を定めようとしていると解するのが至当である。

そのため、この基準は非会計士に対しても遵守を求めるものになるが、それは、IESBAの正式名称が示す本分、すなわち「会計士のための倫理基準設定」からは大きく外れ始めているといわざるを得ず、もはや、会計士の自主規制の要としての倫理基準としての性格からは逸脱したものになってしまっているのである。

何より問題なのは、厳しい倫理基準を自らに課し、問題を起こせば懲戒処分にもなりえる会計士に対し、非会計士については、IESBAが定める倫理基準の遵守を要請したところで、なんら強制力は及ばない点だ。

にもかかわらず、「会計士と同様の倫理基準を定めている」との建前が独り歩きすることになれば、非会計士による実態の伴わない保証業務が横行することになることは火を見るより明らかであろう。

現時点で、こうした問題が十分予見できるにもかかわらず、なぜIESBAはこうした「改悪」の道を突き進もうとしているのか。まさに、わが国の監査制度の根幹を揺るがす大変革について、JICPAはどう反応しているのであろうか。

#2につづく

当局者と会計プロフェッション“国際組織”の2つの流れ…
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