【会計士「自主規制」機能喪失#1】会計士の“職域”を溶かす「サステナ情報保証」という外圧
当局者と会計プロフェッション“国際組織”の2つの流れ
事の発端は1980年代から徐々に始まったマーケットのグローバル化だ。証券行政や監査業務も国ごとの対応ではカバーしきれないとのことから、世界の証券監督当局や証券取引所などが集まって議論することが求められ始めた。
そこで1986年に証券監督者国際機構(IOSCO)が発足、日本からは当時の大蔵省・証券局が88年に加盟した。市場の拡大に伴って権限を持つようになり、2000年頃までに設定機関の見直しを前提に国際会計基準を承認するまでになった。具体的には、73年にロンドンに設置された国際会計基準委員会(IASC)を全面的に組織変更して、01年にIOSCOのお墨付きを得た国際会計基準審議会(IASB)が設置され、現行の国際会計基準(正確には「国際財務報告基準」)、いわゆるIFRSを制定してきているのである。
一方、各国の会計士協会はIOSCO設立以前から国際機関に参加している。それが1977年発足の「国際会計士連盟」(Internal Federation of Accountants:IFAC)で、2023年5月現在、135カ国・地域から180超の会計士団体が加盟する、全世界300万会計プロフェッションの総本山というべき国際な連合組織だ。21世紀以降、日本公認会計士協会(JICPA)は、IFAC傘下の各種の基準設定の審議会が策定した基準を、ほぼ全面的に受け入れる体制へと移行してきているのである。
中でも、自主規制の中核をなす倫理基準の策定については、IFACは基本原則への遵守を基本とする「フレームワーク・アプローチ(概念的枠組みアプローチ)」を採用してきた。それを受けて、JICPAも、2006年12月改訂の「倫理規則」から、この概念的枠組みアプローチを採用しつつ、あくまでも自主規制団体として自ら倫理規則を定め、違反すれば懲戒処分を含む罰則もありうる厳しい自律を保っているのである。
ちなみに、IOSCOが承認しているIFRSについては、これまで自国に明確な会計基準が存在しなかった途上国などでは率先して受け入れられたが、日本やアメリカのように、歴史的にも確立した会計基準を有する国では、IFRSの採用には消極的であったといえる。そのため、現時点でも、日本は、上場会社に対しては任意適用を、一方、アメリカでは、国内企業にはあくまでも米国会計基準の強制適用を図り、一部外国企業についてのみ、任意適用を容認するにとどまっている。
規制当局に管理される「会計士の倫理基準」
ところで、グローバル化、ないしはポーターレス化が進む資本・証券市場では、従来にも増して、国際的な視点での規制が強化されることとなり、日本でも会計士を取り巻く環境下でそうした流れに抗うことができない状況となっている。
こうした中、国際監査・倫理基準設定主体のガバナンスを監視する当局組織である「モニタリング・グループ(MG)」が、IFACにおける基準設定プロセスの有効性をレビューした結果、2020年に「公益の観点から監視を強化し、組織・人材・資金の面から、『監査業界から独立したものとなるべきである』」との提言を行った。その結果、IFACが傘下にもつ4つの基準設定の審議会、すなわち、①国際教育基準審議会(IAESB)、②国際監査・保証基準(IAASB)、③国際会計士倫理基準審議会(IESBA)、そして、④国際公会計基準審議会(IPSASB)のうち、②の監査・保証基準設定機関のIAASBと、今回テーマとしている③の倫理基準設定機関のIESBAが、IFACの手から離れることとなったのである。具体的には、IOSCO、MG およびIFACのサポート得て、2023年、新たに国際倫理・監査財団(Internal Foundation of Ethics and Audit:IFEA)を新設し、その傘下にIAASBとIESBAを置くとともに、双方の審議会が共同して、公共の利益に資する基準の設定を行うことを企図することとなったのである。
これにより、会計士(による連盟であるIFACや各国の会計士協会)が自ら定めるべき倫理基準が、IOSCOという規制当局の意を受けた機関のもとで設定・管理される流れになってきたのである。その結果、自主規制団体を標榜するJICPAが、まさに自主規制の要である倫理基準設定の権限を手放すこと自体、極めて重大な問題ではあるが、危惧すべきはそれだけではない。
さらに大きな問題は、IAASBとIESBAの構成メンバーたる理事(ボードメンバー)について、従来のIFACからの引き継ぎではなく“総取り換え”となったことだ。加えて、会計士の行動規範とされる基準でありながら、会計士業界の声を代弁するボードメンバーは半数以下になり、議長をはじめ過半数は非会計士が選任されることになったのである。つまり、会計および監査専門業務を担う会計プロフェッションの行動規範を、非会計士という会計および監査に関する非専門家集団が担う方向に大きく舵が切られたということである。
他ならぬ、日経新聞の記事に登場したIESBAのディアス議長自身、非会計士なのだ。さらに監査・保証基準を担うIAASBのトム・サイデンスタイン議長も非会計士。なぜ高度に専門的な会計士業務に直結する監査・保証基準と倫理基準の設定に関して、非会計士が過半数を占めるとともに、その非会計士が議長を務める機関の手に委ねなければならないのか。この点については、両審議会の意図が透けて見える記事がある。
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