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【女性社外取締役】日本総研・翁理事長《後編》「昭和のおじさん文化」との決別

社外取締役の「社長を選ぶ」という仕事

――現在、社外取締役を務めているブリヂストンは、翁さんが参画されたあとの2016年に指名委員会等設置会社に移行しています。経営トップを選ぶ際に、社外取締役が大きな役割を果たす機関設計です(指名委員会等設置会社は、指名委員会・監査委員会・報酬委員会という3つの委員会を通じて経営全般を監督する取締役と、業務を執行する執行役を分離した組織形態。3委員会は取締役会内部に設置され、委員の過半数が社外取締役で構成されなければならない)。

 ブリヂストンが移行した当時は、グローバル企業は指名委員会等設置会社を採用すべき、というイメージがとても強かった時代だったと記憶しています。他方、監査役設置会社や監査等委員会設置会社でも、各社が任意の指名委員会を設置することも一般的になってきています。そこでは、社長の次期社長選任の意向を、委員会で客観的に検証、議論することが求められます。

指名委員会等設置会社になると、各委員会の社外取締役の重みはさらに大きく増します。ブリヂストンで私は現在、指名委員会と報酬委員会に所属していて、報酬委では委員長を務めています。委員に執行は含まれませんが、取締役で代表執行役の石橋秀一グローバルCEO(最高経営責任者)はじめ、執行役の方々と密にコミュニケーションをとっています。

――株主や機関投資家は経営層の報酬に強い関心を持っています。どのような基準で決めていくのでしょうか?

 最近、ブリヂストンでは「サステナビリティ・インセンティブ」という考え方を導入しました。財務指標の達成に対するインセンティブはすでに入っていたのですが、さらに長期的な持続可能性を確保する取り組みの指標を入れて、経営者の報酬に反映させるインセンティブ設計を考えました。カーボンニュートラルだけでなく、人への投資などの内容もインセンティブに組み込んでいます。また固定給と変動給の割合を、サステナビリティの評価とどう組み合わせるか。経営者に対する長期的な企業価値向上の適切なインセンティブになるように、かなり緻密に報酬を検討していますね。

――翁さんは指名委員でもあるわけですが、後継社長指名は企業経営の根幹を為すものです。

 社外取締役にとって極めて重要な仕事です。一般的には社長の意向も確認、または参考にしながら、事務局が用意したリストのみならず、それ以外の候補者も含めて、社外取締役は何年もかけて次の経営者候補の方々と何度も意見交換します。ブリヂストンの場合、指名委員会と報酬委員会のメンバーが同じで、報酬と指名とリンクさせながら議論をしています。もう一方の丸紅は監査役設置会社で、私は(任意の)指名委員会に入っており、報酬委員会は別になっています。

――会社の機関設計で大きく変わるものですか?

 「指名委員会等設置会社は先進的」と形式的に区別する考え方は、必ずしも的を射ているとは言えないと思いますね。例えば、オリンパスや東芝など、過去において不祥事が発覚した会社も、指名委員会等設置会社でした。

とはいえ、一般的には、指名委員会等設置会社のほうが、モニタリングボードとしての社外取締役の役割が強く発揮しやすい面はあるとは思います。ブリヂストンの指名委員会と報酬委員会は、すべて社外取締役で構成されています。一方、監査役設置会社の丸紅は、指名委員会、報酬委員会には社内の執行役が入っていますが、取締役の過半数を社外役員としています。それぞれ会社にあったモニタリングの仕組みを考えていく必要があると思います。

翁百合・日本総研理事長(撮影=矢澤潤)

企業の決断は経営者次第

――社外取締役と経営トップとの関係はどうでしょうか。一部には、会社の方針に沿った形で意思決定してくれる人を選ぶ傾向がある、という穿った見方もありますが……。

 少なくとも、私が社外取締役を務めてきた企業に関しては、そういう感じは全くありません。トップ経営者がどのくらい優れているかどうかに、会社経営はかなりの程度懸かっているのではないでしょうか。その点、どの会社も社外取締役への情報共有がなされていて、かつ取締役会の議論は反対意見も含めて活発で、最終的な意思決定は早いですね。例えば、丸紅は昨年2022年10月、米穀物会社のガビロンを売却したのですが、減損の対応も早く売却もタイミングよく対応できたように思います。最近はコロナの本当に厳しい時期を経て、PBR(株価純資産倍率)を含めて、財務内容がかなり改善しました。近年非資源分野も拡大し、(米投資家の)ウォーレン・バフェット氏が株を買い増しているという背景もあるでしょうが、株価も現在は好調となっています。

――一方のブリヂストンは2021年以降、大規模な事業再構築とリストラを行っています。こうした局面での社外取締役の役割とは何でしょうか。

 リストラを伴うような意思決定の場合、一般論ではありますが、社外取締役の役割としては、まず執行側に従業員とコミュニケーションをしっかり取ることを促すこと。それと同時に、必要な決定であれば「やるべきことはやる」という姿勢を後押しする。また、投資の場合は、リスクを俯瞰して、「この部分は大丈夫だけど、別の部分は大丈夫なのか?」といった多角的な議論を深め、最後に実行を決断したら、「しっかりやってください」と経営者をバックアップすることだと思います。

リストラは経営者にとって「本来ならやりたくない仕事」のはずです。だからこそ、決定をしたのであれば、しっかりサポートする役割が社外取締役にはあります。ただし、どうしても納得できない、やめておいた方がいいんじゃないか、という施策の場合は、ブレーキ役を果たすのも社外取締役の仕事だと思います。

――セブン銀行は、セブン&アイ・ホールディングスが大株主の、いわゆる上場子会社です。「親子上場」ということもあって、ガバナンス上の難しさもあったのではないでしょうか。

 親会社以外の少数株主のことを考えるという点では、そうですね。親会社との取引ひとつをとっても、やはり気を遣います。日本郵船の場合は、上場子会社の郵船ロジスティクスが存在していましたが、私の退任後TOB(株式公開買い付け)により完全子会社化という手続きがとられました(2018年上場廃止)。コーポレート・ファイナンスなど、自分自身の金融に関する知識が少しは役に立った、とは思っています。

――翁さんが直接的な事業以外で、社外取締役を務める企業に対して提案などを心がけていることはありますか?

 「女性活躍」「人への投資」については、できるだけ発言するようにしていますね。女性の処遇改善や男性の育児休業取得促進などについて、取締役会で積極的に発言しています。女性管理職はまだ数が少ないですが、早いスピードで様々な改善が進んでいるように認識しています。その前提は、これもまた、そうした施策が心から重要と考える経営者かどうかでしょう。

ブリヂストンは最近、フェムテックに関する取り組みを始めました。女性特有の健康上の課題をテクノロジーも活用して解決支援するという考えで、同社はまだまだ女性管理職が少ないのですが、大きな進歩です。女性の出産とか生理、更年期のことなど女性の視点に立った健康経営がこれまで多くの企業で不足していたのではないか、と思います。こういう動きは、「人への投資」につながっていくものです。

――いまだ日本企業の多くはオトコ社会、端的に言って、おじさん文化が支配的です。女性社外取締役はそこに風穴を開ける存在でしょうか?

 「昭和のおじさん文化」を引きずる企業は、今も非常に多いと思いますね。終身雇用は否応なく変わり、ジョブ型雇用も入れて、年功序列も変わっていかなければ、国際的な競争力も失ってしまう。高度経済成長時代から続いている昭和時代のビジネスモデルのままで、有能な若い人たちや女性、外国人などを惹きつけることができるかと、もう一回、考え直さなければいけない。

人口の半分は女性です。これからは日本では人手不足が深刻化し、女性を本当に活用しなければ、日本経済は真の意味でサステナブルになりません。また、女性に限らず、若い人の視点なども経営者にとって死角になってはいないでしょうか。女性社外取締役の招聘は、多様性を企業に取り入れる第一歩だと思います。

(了)

不祥事発生、そのとき、社外取締役は…… (前編から続…
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