2. 一般従業員による関連取引の責任
ケース③ 日系企業現地法人F社の労働審判事件(上海市第一中級人民法院、2016年)
ZはF社の「営業部部長」として勤務していましたが、自身と妻の名義で設立したXX社を通じて、F社に無断で商品売買を行いました。取引額は642万元(約105万円)、XX社の利益率は10~20%と算定されました。
裁判所の見解
【一審】会社法上、上級管理職でない従業員が関連取引を行っても、法令違反とは言えないと判断。
【二審】保密義務違反および競業避止義務に基づいて損害賠償が可能かを審査しましたが、取引価格が通常の範囲であることなどから損害は認められませんでした。
判決
Zに対する損害賠償請求は棄却。
ケース④ YY社の営業秘密侵害事件(山東省高級人民法院、2019年)
Qは元勤務先YY社から営業秘密(特定顧客情報)を持ち出し、自ら設立したZZ社を通じて取引を行ったと主張されました。
裁判所の見解
【一審】顧客情報は営業秘密に該当するとし、40万元(約790万円)の損害賠償を命じました。
【二審】情報の保護措置(パスワード等)は一般的な保護措置にとどまり、明確な秘密保持の意思を示すものではなく、顧客情報も「公知情報」に近いため、営業秘密とは認められず、損害賠償義務はないと判断されました。
判決
Qは営業秘密侵害に該当せず、賠償不要。
まとめと企業への提言
上級管理職の場合
- 組織変更に応じた定款の更新が不可欠。
- 利益相反の申告制度、定期的な教育を通じたリスク意識の向上が有効。
- 業務プロセスの文書化と記録保存が、後日の立証において極めて重要。
一般従業員の場合
- 保密義務・競業禁止の具体的な範囲と罰則を明記。
- 営業秘密保護の対象情報を特定し、アクセス制限や利用記録の明確化を図る。
- 損害の認定に際しては、「期待利益」の立証が困難であることに留意し、可能な限り事前に評価方法を規定しておくことが望ましい。
損害賠償に関する共通の留意点
- 裁判所は「実損」を重視し、「間接損害」や「期待利益」については慎重。
- 企業は規則上で損害の範囲と計算方法を明示し、抑止力としても活用可能。
- また、責任割合については、職位や職責に応じて公平に設定すべきです。
(了)