パワハラは組織全体を腐らせる
そして昨今分かってきたことが、先に述べた通り、パワハラは一人の人間を死に追いやるだけでは飽き足らず、組織全体を腐らせていくということである。
そのカラクリはこうだ。まず、パワハラは個人を追い詰める。追い詰めて追い詰めて、追い詰められた人がもうどうしようもなくなったとき、取ることができる道は3つしかない。
1つ目は、逃げる、という道。3つのうち、これが最善の道である。パワハラからは逃げなければならない。復讐や制裁はその後でいい。最優先でその場を離れなければならない。
2つ目が、自ら死を選ぶ、という最悪の道である。この道が現実として存在してしまうことについてはすでに示してきた通りである。
そして3つ目が、不正を働く、という道である。先に無理な目標とパワハラがセットの関係にあることについては述べた。
「おい、お前! お前の目標、分かってる? いまの数字とどれだけ違うか言ってみ? なんで? なんでこんなに差があるの? 説明しろよ、説明。なんでこんな最低の数字なんだよ。説明責任、ありますよね? おい、説明しろって言ってんだよ!!!」
上司にこう詰められてコーナーまで追い込まれたとき、部下には「現実」の数字を改竄してしまう、という方法が立ち現れてくる。
現実の数字を目標値に変えてしまえば、いったんパワハラから逃れることができる。上記の2つ目の道より、よっぽどいい……。こうして、不正が出来上がる。実にシンプルな道筋である。
1匹見たら50匹いる…シロアリ化するパワハラ
さらにパワハラの悪いところは、それがどんどん増殖していくということである。
先ほどの東芝の文献でも、「上から下へのパワハラの連鎖」として、〈社長月例で決まったチャレンジは上意下達で伝わっていく。カンパニーごとに定められたノルマは部、課、そして個人へと割り振られ、結果としてICレコーダーに残されたような「パワハラ会議」が横行していた。〉として、パワハラが広がっていく様子が克明に記されている。
役員から「死ぬ気でやれ、できなければクビだ」と言われた管理職は、部下に対しても「死ぬ気でやれ、できなければクビだ」と言うのである。
かくして、パワハラは組織にはびこっていく。気が付いたときには柱の大部分が腐食しており、あとは崩れ落ちていくのを待つだけという状態となる。
冒頭の新聞記事におけるオルツにおけるトップのパワハラの疑いがどのような事案であったのかは、これから明らかになることかもしれないが、いずれにせよ、もはやパラハラが組織にとってリスク以外の何者でもないことは明らかになったと言っていいであろう。
企業にとってパワハラは「たまたま起きたトラブル」ではない。それは企業全体を蝕む病魔の始まりであり、組織が持つべき健全性の終わりである。内部統制の構築に組み込むべき、組織としての重大なリスクにほかならない。
パワハラは人を死に追いやり、組織を腐らせる――。
人として、トップとして、パラハラを根絶する覚悟があるか。いま、経営者が直面するこの問いに、何人がイエスと答えられるだろうか。
(毎月1回連載、次回10月25日頃配信)