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オルツ事件でも!?「パワハラ」が生む企業“腐食”の連鎖とは【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#9番外編】

あの事件でも、この事件でも「背後にパワハラ」

具体的な事例としてすぐに思いつくのは、2015年に発覚した東芝の不正会計問題であろう。

第三者委員会による調査報告書は、「チャレンジ」と称される、達成困難な数字の強要の実態を《コーポレートからのチャレンジ必達のプレッシャーの過酷化》として示し、社長による〈全くダメ、やり直し〉〈何年一体我慢をすればいいのでしょうか?現法の連中は全員解雇して全面撤退をするしかないでしょう〉〈いい加減にして貰いたいとしか言いようがありません〉などの発言を認定している*3

*3 株式会社東芝第三者委員会「調査報告書」(2015年7月20日)188・189頁
https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20150721_1.pdf

当該東芝の赤字隠しをスクープした記者による文献での描写は、さらに生々しい。《不正の根源、パワハラ地獄》と題する章では〈男たちの怒鳴り声と罵詈雑言、机と椅子がぶつかる強烈な金属音。ICレコーダーには、こうした会議の様子が10時間以上も記録されていた。〉と始まり、上司が罵倒とともに部下に詰め寄る様子が克明に記されている*4

*4 小笠原啓『東芝粉飾の原点』日経ビジネス(2016)28頁

2021年に不適切な会計処理の疑いがあると公表し、翌年に上場廃止となったグレイステクノロジー(当時、東証一部上場)においても、その調査報告書において〈パワーハラスメントの常態化〉があったと述べられている。元代表取締役会長は以下のような発言をしていたという。

〈寝ても覚めても数字を考えろ。ほかのことなんか一切考えるな。ここにいる人間達は休みもへったくれもねえや。冗談抜きで。〉
〈(目標に)足んねえものはどうすんだっちゅったって答えらんねえだろうが(机をドンと叩く音)。だったら言うこと聞けよ(怒声)。言うことは聞かねえわ、頭も動かさねえわ、体も動かさねえわってか。〉
〈営業の○○は使い物になってんのか。遊んでるとしか思わん。中途だよな?営業だよな?どうなの。(ペンを投げる音)使えねえんなら切れ、解雇だ。いらんよ〉

読むだけで胃が痛くなりそうな内容だが、調査委員会は〈このようなパワーハラスメントが、前述の過大な予算設定とも相まって、プレッシャーから免れようとする役職員による売上の前倒しや架空売上の要因となった。〉と結論付けている。

事例の紹介は分量の関係で著名な上記2事件にとどめるが、このような例は枚挙にいとまがない。

パワハラは人を死に追いやる

ここであらためて、パワハラとは何なのかについて考えてみたい。

パワハラの定義や要件は認定の目的によって異なるが*5、根源的な意味で言うと、パワハラとは「人権侵害」である。人権、つまり人が人として生まれながらに持つ権利を、侵し、害する行為である。

*5 「企業が対応すべきパワハラ」の定義は労働施策総合推進法で定められるが、「損害倍書の対象となるパワハラなのか」という判断は民法や労働契約法をもとに検討される。このあたりについてはまた別の回で解説したい。

だからこそ、パワハラに対しては損害賠償請求ができるし、労災申請だってできる。「厳しい指導も必要悪」などと言うビジネスパーソンも散見されるが、それがハラスメントに至るものである場合、もはや社会的に決して許されない行為である。断じて「必要」ではない。

そして、パワハラは人を死に追いやる。

厚生労働省によると、令和6(2024)年度にパワハラで労災認定がされた件数は224件。うち10件は自殺に至っている*6。労災は、パワハラの証拠が不十分であったり、因果関係が不明な場合は認定がなされないものであるため、この件数はほんの氷山の一角であると言うことができる。事実、厚労省および警視庁の統計では令和6年度の自殺の原因として「職場の人間関係」のうち「上司とのトラブル」とされるものが192件となっている*7

*6 厚生労働省「過労死等※1の労災補償状況(令和6年度)」「別添資料2 業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況」
https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/001508121.pdf

*7 厚生労働省 自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課「令和6年中における自殺の状況令和」(令和7年3月28日)
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R07/R6jisatsunojoukyou.pdf

このように数値を見ても明らかであるところだが、われわれ法曹は肌感覚でも、パワハラが人を死に追いやることを知っている。パワハラの裁判例を見ていれば、ハラスメントを苦にして自殺した労働者の遺族が訴えを提起している事例がどれだけ多いかがすぐに分かるためだ。

パワハラは人を死に追いやる――。これはわれわれがビジネスパーソンとして知るべき厳然たる事実である。