社長は“ハラスメントでクビ!”の筆頭候補である【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#1】

取締役1人のパワハラで「全役員クビ!」の理由

野村彩弁護士

あるWebアプリのサービスを提供する上場企業の定時株主総会において、大株主が取締役を全員変更する趣旨の株主提案を行なった。大株主のプレスリリースによると、当該会社の〈常勤取締役によるパワーハラスメント、大量の退職者やメンタル不調者の発生〉が判明し、経営陣の変更を求めるものということである*3

*3 https://www.ce-hd.co.jp/ir/irnews/other/1299/

この事件は「パワハラで『全役員クビ』」と経済誌や新聞も大きく報道*4*5。結果的に、この上場企業は当初の議案を取り下げ、大株主が提案した通りの取締役が選任された。取締役が総入れ替えとなったのである。

*4 https://toyokeizai.net/articles/-/358879
*5 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60489930Y0A610C2000000/

こういった支配権争いは、ハラスメント自体は端緒に過ぎず真の原因が他にもあったりするものだが、いずれにせよ、ハラスメントが重大な行為としてクローズアップされ、役員がクビになったことは事実である。

ここで大株主側のプレスリリースの一部を見てみたい。

〈当社は……常勤取締役によるパワーハラスメントについて……現社員・元社員から証言を得ており、本年6月に改正労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)の施行が予定される中、重大な問題であると考えております。ただし、当社はそれが法令でいうパワーハラスメントに該当するか否かを争う意図はありません。事実として、事業展開の遅滞と企業価値の減少、大量の退職者やメンタル不調者の発生など、組織運営上の重大な問題が現に存在しており、それをもって経営陣変更の理由として十分であると考えます。〉(下線は筆者)

この通り、株主が株主提案をするのに、ハラスメント、それ自体の“該当性”は不要なのである。

このほか、この事案で興味深いのは、取締役「全員」がクビ、ということである。リリースからすると、パワハラ行為を行ったのは1人の常勤取締役のみのようだが、それなのに全員がクビ宣告をされている。この点は、実は会社法の理解があれば特に不自然なことではない。

会社法上、取締役には、自分以外の、他の取締役を「監視」する義務があるためである。これは取締役の善管注意義務の一環として認められる。取締役は、他の取締役が“悪さ”をした場合にも責任を負う、というのが会社法のデフォルトなのだ。自分だけではなく他の取締役のハラスメントにも注意しなければならない。取締役は、これほど大変な存在なのである。

さらにハラスメントのリスクに特化して見ると、〈いわゆる「パワハラ防止法」)の施行が予定される 中*6、重大な問題であると考えております。〉との点も注目ポイントだ。

*6 パワハラ防止法は、この時点では施行直前だったが、現時点においてすでに施行されている。

パワハラ防止法は、企業がパワハラ防止策を講じることを義務付ける法律だが、実はこの法ができるまで、パワハラを定義した法律はどこにもなかった。他方、セクシャルハラスメントやマタニティーハラスメントなどについてはとっくに措置義務付けの法律が存在していた。

パワハラの法整備がセクハラなどに比べて遅れたのは、ひとえに冒頭の社長のように「いやいや、パワハラがどうこうとか法律で言われちゃったら、いままでやってきた指導ができなくなっちゃうじゃない……」という経済界の要請ゆえである。

しかしながら、パワハラを苦に自殺する社会人が多数存在するという事実がある中、ここまで社会問題化した課題を立法、行政も放置することはできない。世間の目が経済界の要請に打ち勝ったのである。*7

*7 とはいえ、現状のパワハラ防止法はまだまだ中途半端な規制にとどまっているのだが、それはまた別の機会に。

何が言いたいのかというと、もはやパワハラは、“アリ”か“ナシ”かで言ったら「まったくもってナシ!」ということだ。「パワハラ人材は組織から排除すべし」。これが現在の世間の常識であり、経営者とて、この例外ではない。

本連載では、経営者として生き残るためのハラスメント知識をアップデートするための、処処の情報をお届けしたい。

(毎月1回連載、次回2月20日頃配信)