野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)
「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」が話題だ。
経営トップから従業員に対し、発破がかけられることは珍しくない。
「血を吐くような努力なしに成長はない」
「すべてを投げうって働くことが必要な時期がある」
「若いうちは馬車馬となるべきだ」
これらは、すべて当職が実際に聞いた言葉である。
「がむしゃらに働くこと」で得られるものは、成長? それとも…
血を吐くような努力で成長する……。なんて情熱的な言葉なのだろう。
自分たちの頑張りで苦難を乗り越える。そこには希望がある。「努力さえすれば、なんとかなる」という前向きな光がある。日本が戦後の焼け野原から高度経済成長を成し遂げることができたのは、我々がそんな物語を信じることができたからに他ならない。
そして日本経済が停滞するいま、また同じ方法で、この苦難を克服しようではないか……実に明快な答えだ。努力をもって乗り越えたその先のカタルシスは、麻薬的でさえある。
だがこの言葉が上から押しつけられたとき、それは呪いとなる。
「我々は苦しいほどにがむしゃらに働いた。この苦しみこそが、成長の糧であった。苦しみは、必要なものだ」
彼らの言う「苦しみ」や「努力」とは、何を意味するのだろうか。諦めずに何度も何度も工夫を続けることだろうか。それだけなら良い。だが、それでも成果が出ない場合に、部下は何をもって「努力」をアピールすればいいだろう。
そのためのごく簡単な方法が長時間労働である*1
*1 このほかの、あまり簡単でない方法として「不正に走る」という選択肢がある。この点については本連載#9参照。
「責任は私にあると思っていました」
長時間労働が脳および心臓疾患、精神障害、そして死につながることはもはや常識と言っていい*2。WHO(世界保健機関)とILO(国際労働機関)は2021年、週労働時間が55時間を超えると、35〜40時間の場合と比べて、虚血性心疾患と脳卒中のリスクがどちらも高まることを示す十分な証拠が得られたと発表した。そのうえで、16年に長時間労働によって両疾患で亡くなった人の数は74万5000人に達したと推計している*3
*2 厚生労働省「長期間にわたる特に過重な労働は、著しい疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ、さらには脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼすと言われています。脳・心臓疾患に係る労災認定基準においては、週40時間を超える時間外・休日労働がおおむね月45時間を超えて長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まり、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外・休日労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています。」(過労死等を防止するための対策BOOK「しごとより、いのち。」1頁より)https://www.mhlw.go.jp/content/11202000/001002168.pdf
我が国に限って見ても、令和6年度(24年度)における過労死等*4にかかる労災の支給決定の件数は1304件であり、うち死亡・自殺(未遂を含む)は159件にのぼる*5*6。
*4 過労死等防止対策推進法第2条「「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。」
*5 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59039.html
*6 なお、長時間労働から疾患・死に至った人や遺族が必ずしも労災請求をするものではなく、また証拠が見つからないだけで支給決定に至らない件も多数存在するため、この数字はほんの氷山の一角に過ぎない。
「あのときは大変だった」は尊い。それでも…
また、苦労を乗り越えたことそのものを批判するものでもない。この点、自分たちはかつて苦労したのだ、という文脈は、マタニティハラスメントの場面でも“あるある”である。
「私たちのころは、産休や育休なんてこんなに取れなかった」
「こんな良い制度はなかった。それでも何とかやってきた」
「今の人は恵まれているのに、権利ばっかり主張する」
かつて苦しみを乗り越えた経験がある人ほど、上記のような発言をしがちである。気持ちは分からなくはない。当職も、新たな子育て支援制度が設けられると「いいなぁ〜」と思ってしまう。
だが、法や会社が用意した育児や介護のための制度を使うことについて、阻害したり、それを理由にいじめたりすることはハラスメントに該当する。上記の各発言は、マタハラのおそれがある。
「生存バイアス」ではなく“新たな価値観の創出”を
確かに、苦難を経験した人は強い。災害や虐待などによるトラウマを乗り越えた人ほど、心が強くなるといわれる*7。トラウマは致命的に人の心を壊す。これは間違いないのだが、これを乗り越えたとき、人はトラウマを経験しなかった人よりも強くなるのである。サバイバーは、我々の希望でもある。
*7リチャード・G・テデスキ「トラウマを乗り越えて成長する方法」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(21年、ダイヤモンド社)において「我々はネガティブな経験がきっかけとなり、個人的な強さの認識や新たな可能性の発掘、人間関係の改善、人生への感謝の深まり、精神的な成長などポジティブな変化が起きることを学んだ。」とされる。
つまり、血を吐くような努力で成長した経営トップや、ろくな制度も無い中で仕事と子育てを両立させてきた先達たちは、いわば「苦しみを克服したサバイバー」なのである。強くて当然だし、サバイブしたことは尊重されるべきである。
しかしながら、それが単なる「生存バイアス」となってはいけない。不確実性とリスク論の研究者で、「ブラック・スワン」で名高いナシーム・ニコラス・タレブは著書の中で、生存バイアスの残酷さをコイントスゲームの比喩で喝破している。
タレブは、1万人のファンド・マネジャーにコイントスで勝負をさせろと言う。

コインが表ならマネジャーは年1万ドルを稼ぎ、裏なら1万ドル損をして退場する。最初の年は1万人の半分、5000人が1万ドルを稼いで残る。翌年はその半分の2500人が2年続けて利益を出すことになる。3年目で1250人、4年目で625人。そして5年目で残った313人が「5年連続で利益を出した者」として崇められるだろう。
その1人を世に出せば面白いことになる、とタレブは述べる。
「彼のすばらしいトレーディング・スタイルや鋭い頭、彼に成功をもたらした要因について興味深くて役に立つコメントが次々と寄せられる。一部のアナリストが彼の成功を子供時代の具体的な経験に結びつけるかもしれない。伝記作家は両親がすばらしいお手本になったのだと書き立てる。伝記の真ん中へんには白黒の写真があって、この偉大な頭脳がどう育ったか教えてくれる。」*8
光は、コイントスで偶然にも5万ドルを得た313人に集まるが、その影には9687人の“敗北者”が存在する。
これを現実社会に当てはめると、長時間労働を経てレジリエンス(復元力)を発揮することなく精神的・物理的に限界を迎えた人々もまた、この「影」の中に含まれることになる。ちなみに、この本のタイトルは『まぐれ』で、副題は「投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」である。
*8 ナシーム・ニコラス・タレブ『まぐれ』(2008年、ダイヤモンド社)190頁
だからこそ、同じ苦しみを次の世代に継承するべきではない。「我々と同じように苦労しろ」という言説は、いじめや虐待を受けた者がそれを他者に繰り返すことと同じ、苦しみの連鎖である。
「ボロ雑巾になるまで働くこと」や「地獄を見る経験」以外の方法で、「企業価値の向上」や「成長」や「目標」を達成すること。その方法を新しく考え出すことこそが、本当の頭脳ではないだろうか。
経営トップにまで上り詰めたその知性を、「かつての価値観に従うこと」のためではなく、「新しい価値観を産み出すこと」に使ってみても良いのではないだろうか。
頭が良くて、胆力があって、社会に対する覚悟があって、そして確固たる結果を出してきたトップの面々であれば、それも容易なことのはずである。
むしろ、この転機ができなければ、その企業は例の会計不正事案と同じ轍を踏むことになるであろう。いま求められているのは、このミッションを「すぐやる・必ずやる・できるまでやる」ことではないだろうか。
(毎月1回連載)
