銀行破綻への不安と資金操作
08年の金融危機の影響で、パーク・アベニュー銀行の資本比率が急激に低下した。特に全ローンの80%を占めていた不動産ローンが影響を受け、連邦住宅抵当公庫「ファニーメイ」発行のモーゲージ証券(住宅ローン担保債権)で500万ドル(約5億2000万円)の損失を計上。そのうえ、今後3カ月の間に満期を迎える不良債権が2億100万ドル(約207億円)分あり、銀行の自己資本比率はついに10%を下回った。
アメリカの規制当局による資本要件を満たすことができなければ、銀行は破綻となる。回避するには500万ドルの資本増強が必要だった。アントヌッチは規制当局に出向き、監督官にこの窮状を訴えたという。しかし監督官は、とにかく経営状況を改善するようにと告げるばかりだった。
この要求を受け、資金を調達しなければ銀行破綻は避けられないという強いプレッシャーのもと、アントヌッチは頭取として何とか対応しようとした。そこで投資家を募るが、なかなか思うように進まない。加えて、銀行の内部体制も不十分であり、経営陣の中には銀行業務に関する知識が不足している者も多かった。ゆえに「違法な手段に頼らざるを得なくなった」(アントヌッチ本人の弁)のだった。
困り果てたアントヌッチは大口顧客のハフにこの話をすると、
「自分がカネを出してやる」
そこで、アントヌッチは自身のコンサルティング事業の一部を500万ドルでハフに売却し現金化して、それを銀行に注入をすることを計画。その際、ハフが元犯罪者であったことから、ハフの弁護士を通すことにした。
アントヌッチは、この売買において、ハフは現金を引き出し、それを弁護士に渡し、その弁護士がアントヌッチに送金したものと思っていたため、これに違法性はないと考えていた。
しかし、実際は、ハフが用意した資金は、彼がパーク・アベニュー銀行で承認プロセスの必要のない現金担保ローンで借りたものだったのである。銀行の資本注入に、同じ銀行から借りた資金を使うことはできない。これは、資金を循環させ銀行の資産を一時的に膨らませる「循環取引(ラウンドトリップ取引)」と見なされる行為にほかならない。
そうと知らぬアントヌッチは、650万ドルを個人資金として資本増強のために投資したと主張し、その引き換えに、パーク・アベニューの持ち株会社の支配権52%に相当する株式を獲得した。
不良資産救済プログラム「不正申請」の真相
銀行の財政難を立て直そうとしたアントヌッチであったが、08年の不良資産救済プログラム(TARP)への申請と取り下げについても問題視された。
TARPとは、サブプライム・ローン問題などによる金融危機に対処するため、アメリカ政府が金融機関から有害資産や株式を買い取るプログラム。当時多くの銀行が資金不足の解消のため、この公的資金の注入を求め申請した。
アントヌッチによると、実際には、連邦預金保険公社(FDIC)当局から申請するようにと促されたという。彼は資金繰りの内情が発覚することを恐れ、あえて申請をしなかったのだが、オーナーのリヒテンシュタインたちがそのことを知らず、1100万ドル(約13億円)のTARP資金を得ようと申請した。
それを知ったアントヌッチが申請を取り下げたところ、マスコミに「TARPを断った銀行」として大々的に報道され、行内で強い反発を受けた。
このようにアントヌッチには“虚偽申請”を行う意図はなかったというが、政府からの融資を得るために個人資金を自行に注入し、虚偽のTARP申請を行ったとして、これもまた罪に問われることになる。
「保険会社」の不正買収
アントヌッチが関与したとされる不正はこればかりではない。08年7月から09年11月にかけて、彼は副頭取のモリス、ハフ、そして投資会社の社員アレン・ライヒマンと共謀し、オクラホマ州の保険会社「プロビデンスP&C」の買収を企てたのだった。
アントヌッチとハフは、ライヒマンの投資会社から3000万ドル(約31億円)の融資を受けることで、プロビデンスP&Cの資産を買収する計画を立案する。この融資には同社の資産を担保に融資を受けることとした。
しかし、プロビデンスP&Cの売却は、オクラホマ州の保険規制当局の認可が必要だったが、同州法では、保険会社の資産を融資の担保として使用することが禁止されていた。 そこで、ライヒマンは、アントヌッチに対し、融資担保に関する虚偽の情報を記載した書簡に署名するよう指示し、虚偽情報を投資会社に提供して3000万ドルの融資を引き出すことに成功したのだった。
加えて、アントヌッチ、モリス、ハフは、同州の保険規制当局に対しても、プロビデンスP&Cの買収資金は、投資会社ではなく銀行が提供しているのだと虚偽申告をして、当局からの認可を不正に受けたのだった。
アントヌッチは、自身が迂闊にも書類の確認を怠って署名をしてしまい、結果として虚偽の情報を提供したことになったと後に述べるが、最終的にプロビデンスP&Cは破産、破産管財人の管理下に置かれることになった。彼らの行為は、保険会社の不正買収と違法な資金移動に該当した。