presented by D-QUEST GROUP

『公益通報者保護法に基づく事業者等の義務への実務対応』著者、中野弁護士が語る「内部通報制度」無関心のリスク

内部通報制度は他部門や社外取なども巻き込み運用する必要がある

内部通報担当者が現場で直面する課題として、軽微な事案対応に伴う業務量の増加、通報者自身が問題社員である場合などにおける通報者対応に伴う精神的負担などがあり、こうした課題に対応し、通報件数や対応件数の増加に対応できる余力をつくることも内部通報制度を機能させるためには重要です。

主訴の他にハラスメントを訴えているものを含めると、内部通報の約8割にハラスメントに関する主張が含まれている実感がありますが、そのすべてが公益通報に当たるわけではありません。なぜならば公益通報者保護法の「公益通報」とは“罰則の対象となり得る法令違反行為”に限定されているからです。

例えば、パワハラであれば暴行脅迫、侮辱や名誉棄損、セクハラであれば不同意わいせつといった刑罰法規に違反する場合は公益通報の範疇ですが、軽微なハラスメントは必ずしも公益通報とはいえません。

他方で、こうした軽微なハラスメントの背景に重大なコンプライアンス違反が隠れていることもありますし、職場環境配慮義務の観点から対応する必要が生じる場合もあります。このような観点から、多くの事業者は軽微な事案も含めて幅広く通報を受け付けているわけですが、軽微な事案についても公益通報と同程度の厳重な対応を行う場合には、先ほど述べたような内部通報担当者の負担が増大し、対応する余力がなくなります。

事案の内容によっては人事部門や上司のマネジメントによる解決の方がむしろ適している場合もあるので、内部通報制度を所管する部門にすべての役割を課すのではなく、企業には部門間の連携を促す臨機応変な対応が求められます。

また、内部通報制度は経営層の不正を含むあらゆる法令違反を発見し、是正するための仕組みでもありますが、経営層が関与する不正については是正が難しく、企業によってはトップが強い権限を持ち、トップの判断で不正が隠蔽される危険もあります。

こうして隠蔽される不正は社会からの強い非難を受ける性質のものである可能性が高いことから、組織の長その他の幹部が関与する不正についても内部通報制度において適切に対応できるようにする必要があります。

このような観点から、公益通報者保護法に基づく指針の第4の1の(2)では〈内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置(法第11条第2項関係)〉として

1 事業者は、部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備として、次の措置をとらなければならない。

(2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務に関して、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。

とされています。

指針の解説ではさらに、指針を遵守するための考え方や具体例が示されており、例えば、社外取締役や監査機関(監査役、監査等委員会、監査委員会等)にも報告を行うこと、社外取締役や監査機関からモニタリングを受けながら公益通報対応業務を行うことなどが示されています。社外取締役や監査機関が機能している会社においては、こうした機関を内部通報制度に取り込むことが重要です。

近年、不祥事を引き起こした企業の第三者委員会の調査報告書でも「内部通報制度がきちんと機能していなかった」と指弾されるケースはよくあります。品質不正に代表される、何十年も行われていたのに誰も通報していなかったというような不正は実は、表に出ていないだけで、かなり多いと思います。

こうした企業は「内部通報制度に関心がない」という見方もできます。内部通報制度といった直接利益を生み出さない業務に費用や労力をかける必要性が乏しいと考えているのかもしれません。しかし、今国会で審議されている公益通報者保護法の改正法案は(25年5月13日現在)、消費者庁長官の執行権限を強化し、従事者指定義務に違反している疑いのある事業者に対し、現行法の報告徴収権限に加え、立入検査の権限が付与されるなど、既存の規制を強化することに主眼が置かれており、こうした内部通報制度への無関心を許容しないという政府の姿勢が示されていると考えています。

繰り返しになりますが、企業が社会から非難を受けることなく、社会からの信用を維持し、企業価値を向上させるためには、内部通報制度を十分に機能させることが重要です。内部通報制度を通じて、企業の透明性を高め、組織全体のガバナンスを向上させることが今、多くの組織に求められているのです。

(取材・構成=Governance Q編集部)