ところで自動車部品カルテル事件では、33人は司法取引を受け入れなかった。うち3人については起訴が取り消されたが、30人(全員日本人)は起訴されたままの状態で日本国内にとどまっているとみられる。
国内にいても、日米間には犯罪人引き渡し条約があるため、双方の当局がその気になれば米国に移送される可能性もある。現時点までにそうした動きは見られないため、おそらくこの30人については今後、引き渡しの可能性はほぼないとの見方が一般的だ。
ただし、一生にわたって、海外渡航は事実上不可能になる。米国で起訴されたということは、国際手配がかけられている可能性があることを意味し、いったん出国すれば第三国であっても拘束され、米国に移送される可能性が否定できないからだ。
現に、独自動車部品大手コンチネンタルの韓国子会社の韓国人社員は2020年2月、駐在先のドイツから米国に引き渡され、実刑を言い渡されている。
仕事に生き甲斐を見いだし、顧客のため会社のため家族のために身を粉にして働いてきた社員がある日突然、米国で服役するか、海外旅行・出張をあきらめ国内に立て籠もるかの決断を迫られる。現代のビジネスマンにとって、海外の法令違反は想像を絶するリスクを伴うのだ。
「域外適用」の脅威
日本人が日本国内で法令に違反すれば、相応の処罰を科されるのは当然だとの共通認識がある。しかしなぜ、多くの場合、日本国内で仕事をしていて突然、米国の法律に違反したとして米当局から企業や個人が摘発されるのか。
その背景には、自国の法律を外国の企業や個人にも適用する「域外適用」が国際的に認められるようになっていることがある。
米国ではカルテルは、企業は多額の罰金、個人は最高10年までの禁錮刑を科される重罪だ。日本企業の社員が米国内であっても日本国内であっても、米国の消費者や経済に損害を与えるような価格調整や入札談合、市場分割といった取り決めに関与した事実が見つかれば、即、クロと認定される。
“日本企業叩き”ではないかとの見方も当初はあったが、通商関連法とは異なり、反トラスト法などの域外適用には政治的な動機は見られない。日本の独禁法、欧州連合(EU)の競争法も域外適用は行われており、米国だけが「世界の警察官」として君臨しているわけではないのだ。
当局が駆使する「リニエンシー」という武器
前述のように、自動車部品カルテル事件の調査は2010年2月の各国・地域当局による一斉立ち入り検査で本格的に始まった。
しかし、実際にはそれに先立ち、古河電工や住友電気工業が他の製品のカルテル事件をきっかけに実施した社内調査の過程で自動車部品に関しても不正を見つけ、日米欧の競争当局に“自首”したことが端緒となったのだった。
こうした当局への自主申告は「リニエンシー制度」の下で奨励されており、当局に不正を申告する見返りに、処罰が減免される。
例えば日米欧ではリニエンシー申請1位を勝ち取れば、本来科されるはずの金銭的ペナルティーが100%免除される。2位以下に対してもペナルティーは減額される。
リニエンシーを申請した企業は当局の捜査に全面的に協力する必要がある。ただ企業としては、汗水たらして稼いだ利益をペナルティーとしてみすみす差し出すようなことをすれば、株主代表訴訟を起こされかねない。それを考えれば、金銭的にも、社会的な信用を維持する上でも、リニエンシー制度利用のメリットは大きい。
米国の場合、域外適用は反トラスト法に限らない。例えば、米国内外の企業が海外でのビジネスを円滑に進めるため現地の公務員に賄賂を贈ることを取り締まる「海外腐敗行為防止法(FCPA)」絡みでも、日本企業が摘発されている。
日揮、丸紅、オリンパス、パナソニックの米子会社などが罰金を科された。
オリンパスは、米子会社が米国内や中南米で医療機器を拡販するため医療機関や医師に賄賂を渡したとして、2016年に米当局から6億4600万ドルのペナルティーを科された。当時のレートで約743億円。日本企業がFCPA絡みで支払ったペナルティーとしては過去最高額で、反トラスト法違反で日本企業が支払った罰金をも上回っている。
禁錮刑を科された個人も多い。米通信会社の元社長は2011年、ハイチ政府当局者に賄賂を贈ったとしてFCPA違反のほか、電信詐欺、マネーロンダリング(資金洗浄)などの罪にも問われ、15年の禁錮刑を言い渡された。
日本企業ではブリヂストンの幹部社員1人が石油輸送用のマリンホースをめぐるカルテルに絡み、2008年、反トラスト法違反とFCPA違反を合わせて2年の禁錮刑を科された。FCPA絡みで禁錮刑を言い渡された日本人としては、唯一の事例となった。
この他の分野でも、米国では自動車の安全規制や金融取引などの分野で日本企業や日本人ビジネスマンが相次いで摘発されてきた。中国で反スパイ法の下で多数の日本人が逮捕されるなど、新興国におけるリスクも高まっている。日本企業としては、グローバルな視点でコンプライアンスに真剣に向き合わなければ、せっかく得た収益や虎の子の社員をいたずらに犠牲にしてしまいかねない時代に突入しているのだ。
(#2に続く)