関連当事者取引をめぐる“真偽論争”の不毛
1927(昭和2)年、昭和天皇に宛てて当時の田中義一首相が上奏したとされる「田中上奏文」は、日本の中国侵略計画を示したものだった。中国で広く流布されたこの文書は、しかし、怪文書の類、つまりニセモノであるとされる。
1931年に勃発した満州事変をめぐり、中国政府は田中上奏文を根拠に日本の中国侵略を国際社会に訴えた。これに対して日本政府はそれが“偽書”であることを認めさせようと躍起となる。確かに、日本は真贋論争では優位に立った。ところが、追い込まれた中国政府代表は、対外宣伝に方針を切り替えると、こう言い放った。
「偽書であるかはともかく、『田中上奏文』に記された政策は、数十年来に日本が進めてきた現実の政策そのものだ」
以後、明らかな偽書である田中上奏文を根拠として、‟侵略国家日本”のイメージは世界に拡散される。日中戦争から太平洋戦争にかけては、アメリカの対日プロパガンダにも活用された。(参照:服部龍二『日中歴史認識「田中上奏文」をめぐる相克 一九二七―二○一○』)
真実の追究に囚われる日本と違い、実際の外交戦略で利益を追求した中国は、最終的に米英を対日戦争に引き入れることに成功した。
当時の時代状況、そして国際政治と企業経営の違いはあるものの、情報戦において内山はこの前轍を踏んだ。
関係当事者取引の疑惑について、オアシスが仕掛ける情報戦のウソと身の潔白を証明しようと躍起となったが、株主が求めていたのはその真偽だけでなく、内山の主張を株主が納得できる仕組みだった。つまり、第三者委員会の設置である。
2022年6月の定時株主総会を前に、内山の取締役再任に反対するオアシスに全面的に同調したインスティテューショナル・シェア・ホルダー(ISS)は、次のようにレポートした。
〈関連当事者取引が単に法律に違反していないかだけでなく、内山氏の関与なしに取締役会が適切にしっかりと吟味したうえで、その結果、会社及び、株主に対してその取引が公平であることを保証できるようにすることを(中略)株主は求めています〉(オアシスのプレスリリース2022年6月9日)
関連当事者取引が違法でなかったとしても、適切な時期に適切な第三者委員会を立ち上げなかった内山は、“株主主権の侵害者”というイメージを自ら一般株主に流布してしまったのだ。
オアシスは、株主ガバナンスへの要求を他の株主の意識に的確に訴えかけ、勝利した。一方で、内山は株主の関心がどこにあるのかを見誤り、個人的な潔白や名誉回復の追求に囚われて敗れ去った。明暗を分けたのは、フジテックを支配しているのは誰なのかという認識の違いだったと言えるだろう。