レオポルド・パゴット(Leopold Pagotto):弁護士(ブラジル在住)
2025年12月、ブラジル国家データ保護機関(ANPD)は、EU(欧州連合)一般データ保護規則(GDPR)との緊密な整合性を図るべく、「2026~2027年度重点目標ロードマップ」および改訂版「2025~2026年度規制アジェンダ」を公表した。これに続き、2026年初めには、ブラジルとEUの間で個人データ保護に関する相互の「十分性認定」(EU域内と同等の個人情報保護水準を有する国との認定)が正式に合意された。EU圏と中南米諸国の間では前例のない、画期的な決定である。
この画期的な進展(十分性認定の合意)は、ブラジルおよびEUの市場に参入、あるいは当該地域を経由して事業を展開する日本の多国籍企業にとって、実務上極めて重要な影響をもたらすものである。
今回の相互の十分性認定によって、ブラジル・EU間におけるクロスボーダーのデータ移転手続きが簡素化されることとなった。結果、GDPR(EU一般データ保護規則)に基づく標準契約条項(SCC)の締結や、その他の移転メカニズムの構築は不要となる。このことで、企業はコンプライアンス体系を合理化することが可能になる。すなわち、すでに強固なGDPR遵守プログラムを構築している企業であれば、組織構造上の大幅な変更を伴うことなく、ブラジルへの事業展開を図ることができる。
両地域からのデータを処理する日本の組織(例えば、シェアードサービス=間接部門の集約化、カスタマーオペレーション=顧客対応業務、またはクラウドプラットフォームを介する場合など)は、今後、ブラジルをデータコンプライアンス上の拠点(ハブ)として活用することが可能となり、法域の違いによって生じる対応コストや手続きの煩雑性といった規制に伴う摩擦、法的不確実性の軽減を図ることができる。場合によっては、EU以外の別の法域よりも、ブラジル国内でデータをローカライズ(現地保管)するほうが、より効率的な運用につながる可能性も秘めている。
2027年に至るブラジル当局の下記4つの執行優先項目は、GDPRにおけるリスク領域と軌を一にするものである。
1. データ主体の権利
(権利行使の実効性確保、およびターゲティング広告への対応)
2.デジタルプラットフォームにおける児童・少年のデータ保護
(「デジタル児童・青少年保護法(ECA Digital)」への準拠)
3.政府機関によるアクセスおよび公的機関によるデータ処理
(ガバナンスとデータ共有の透明性)
4.人工知能(AI)および新興技術
(バイオメトリクスやアルゴリズムによる意思決定の監視)
これらの領域は、すでにGDPR(EU一般データ保護規則)の下で厳格に規制されており、グローバル企業にとってコンプライアンス上の主要な課題となっている。とりわけ、ソーシャルメディア、ヘルスケア、IoT(モノのインターネット)、フィンテック、およびプラットフォーム・サービスを展開する企業においては、その影響が顕著である。
ブラジル市場においてコンシューマー向けアプリを提供し、あるいはAI(人工知能)を用いたデータ分析を実施している日本企業は、今後、ANPD(ブラジル国家データ保護機関)から欧州(GDPR)と同等の厳格な監督を受けることを想定すべきである。ブラジルにおける法的執行の趨勢は、GDPRの動向と同様に、一般的な要件への準拠確認から、特定の「高リスク」な事案を対象とした個別的かつ重点的な調査へと移行しつつある。
AIおよび新興技術を規制上の優先事項に含めたことは、欧州(EU)AI法から日本のAIガバナンスガイドライン(経済産業省「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」)に至る世界的な潮流に、ANPDが歩調を合わせたことを意味する。現時点において、ブラジルの個人情報保護法(LGPD、2020年9月施行)には独立したAI規制は存在しないものの、ANPDはすでに以下の取り組みを開始している。
・「自動化された意思決定*」に関するパブリック・コンサルテーション(公開諮問)の実施
*人間を介さず、システムがプロファイリング等に基づいて個人に法的影響を及ぼす決定を行うこと
・「アルゴリズムを用いたプロファイリング*」に関する調査研究
*個人の属性、行動、嗜好などをAIで分析・予測する行為
・「リスクベースのアプローチに基づくAIの法的責任(アカウンタビリティ)*」に関する将来的な提言の策定
* AIのリスクの大きさに応じて、開発者や運用者が負うべき説明責任や安全確保義務を変動させる考え方
この現状は、日本のコンプライアンス担当チームにとって、法域をまたがる規制に対して共通のガバナンスモデルを適用し、共同リスクアセスメントを実施することを可能とし、さらにはプライバシー・エンジニアリング(システム設計段階からプライバシー保護機能を組み込む技術的アプローチ)における業務の重複を削減する好機となり得る。
日本のコンプライアンス担当者が講ずべき措置
1. クロスボーダーのデータ処理チェーンの再検証:日本、ブラジル、およびEU間での個人データの移転を伴う場合、データ移転の法的根拠を再評価すべきである。十分性認定の合意によって、ワークフローの簡素化や法的ドキュメントの削減が可能となり、データフロー設計における新たな経路の構築が期待できる。
2. ブラジルとEUにおけるプライバシー・フレームワークの整合:GDPR(EU一般データ保護規則)に基づく既存の基盤を活用し、LGPD(ブラジル個人情報保護法)への準拠を確実にすべきである。特に、データ保護影響評価(DPIA)、データ主体の権利行使への対応プロトコル(作業手順)、およびAI利用の透明性確保については重点的な整合性が求められる。
3. ANPD(ブラジル国家データ保護機関)による今後の規制動向の注視:ANPD(ブラジル国家データ保護機関)の最新政策課題(アジェンダ)には、バイオメトリクス(生体情報)、制裁、サイバーセキュリティ、およびDPO(データ保護責任者)のガバナンスに関する規則案が含まれており、これらはいずれもGDPR第24~39条までの規定(管理者責任、データ保護バイデザイン、処理の委託、DPOの職務など、組織的な対応が求められる同法の核心部分)と整合している。これらの次期規範は、ブラジルにおけるリスク環境を規定する重要な要素となる。
4. 現地当局による法的執行への備え:規制基準の収斂と当局の独立性の高まりに伴い、ANPDは今後、欧州のモデルに倣い、特定セクターを対象とした調査、違反企業の公表(パブリック・ネーミング)、および大規模な制裁金体系の運用を強化する可能性が高い。
結び
正式な相互の十分性認定に裏打ちされた形で、今般、GDPR(EU一般データ保護規則)とブラジルLGPD(ブラジル個人情報保護法)が整合性を高めた(コンバージェンス)ことは、単なる法制度上の形式的要件として捉えるべきではなく、戦略的な転換と理解すべきである。複数地域で事業を展開する日本企業にとって、この進展は、コンプライアンス体制の統合、法的確実性の向上、そして潜在的なコンプライアンス・コストの低減を実現する好機をもたらすものである。
もっとも、こうした法制度の整合性は同時に、遵守すべき基準(コンプライアンス・バー)を引き上げるものでもある。日本企業は今後、ANPD(ブラジル国家データ保護機関)のガイダンスに対し、欧州データ保護会議(EDPB)のガイドラインやGDPR(EU一般データ保護規則)に基づく執行事例と同等の関心を持って、注視・対応しなければならない。
グローバルなプライバシー保護基準をめぐる競争において、ブラジルはもはや「発展途上」の法域ではない。同国は、世界のデータガバナンスにおける戦略的パートナーとして台頭しており、日本企業にとって看過できない重要な地位を確立している。
