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ヒアリングは終わったけれど、セクハラで喰い違う言い分。真実はどこに…【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#8】

弁護士の卵たちが司法研修所で叩き込まれる“秘技”とは

ところで、いきなり話は変わるが、弁護士になるためには、司法試験に合格するだけでは足りない。合格後、最高裁判所に設置される司法研修所の訓練を経て初めて法曹としてのスタートラインに立つことができる。

では、この司法研修所で何を訓練するのかというと、実は法律の知識のための講義、などはほとんどない。最低限の法律の知識自体があることは、司法試験で確認済みだからだ。では何をするのかというと、徹底的な職業訓練である。具体的には、特に民事系の研修において、先ほどの要件事実論や事実認定の手法を叩き込まれる。

例えば、民事弁護の研修では*3、「依頼者はこう言っています。資料はこういうものが揃っています。はい、あなたはどのような法的な主張をして何の事実をどのように立証しますか?」と問われる。

*3 目指す先が弁護士であろうと検察官であろうと裁判官であろうと、司法研修所では刑事弁護・民事弁護・検察・刑事裁判・民事裁判のすべての訓練を受ける必要がある。

あるいは民事裁判の研修では 、「原告はこう言っています。被告はこう反論しています。関係者の供述はこうです。資料はこんなものが証拠として提出されています。はい、あなたはどのように事実を認定して、どんな判決を書きますか?」と問われる。これをひたすら毎日やるのである。

何が言いたいのかというと、このように事実認定とは、実は法曹としての専門的なスキルが求められるということである。事実認定というと、証拠をもとに事実を認定する作業であるため、法律自体の専門的な知識は不要なようにも見え、得てして特殊な訓練が必要とは見なされない。

昨今において、企業不祥事の際に第三者委員会に弁護士が入って調査を行うことが多いが、それについて「弁護士の荒稼ぎビジネス」と揶揄されることがある。これのひとつの要因として、事実認定が専門的な作業であることが理解されていないことがあると思われる。

法的に意味のある事実を抽出してその事実のために必要な供述や資料の獲得を目指して調査を行い、調査の結果、不正の事実が認められるかどうかを判断しレポートにする、という作業は、まさに先ほどの要件事実論や事実認定のスキルが求められるものである。

ところが、この点が誤解されており、「素人でもできることを弁護士が高い報酬を取ってやっている」と思われてしまっているのではないだろうか。

前置きが長くなったが、要は、事実認定をするに当たっては、法曹たちが培ってきた、それなりの“お作法”がある、ということである。第三者委員会だろうと、社内のハラスメント認定だろうと、きちんと、このお作法に則って作業をしておかないと、あとで訴訟に発展したときにひっくり返ってしまう。

したがって、どのような種類のトラブルにおいても、「手元にある証拠からどのような事実を認定することができるか」「数ある事実のうち、何が法的に意味のある事実なのか」という判断は致命的に重要である。

にもかかわらず、この事実認定や、先ほどの要件事実論は、これまで裁判官や弁護士などの限られたメンバーだけに共有されてきており、あまり一般的には知られていない。いわば「限られた法曹共同体を中心に一種の秘技のような扱いを受けていた」と言える*4

*4 山田八千子「法哲学的視点からの要件事実論」『伊藤・講義5』187頁

とはいえ、事実認定の手法のエッセンス自体がものすごく複雑、というわけではない。ご紹介すれば「当たり前のことだなぁ」と感じれられる方が多いであろう。次回は、具体的なハラスメント事例をもとに、法曹界の“秘技”を少しだけお伝えする。

(毎月1回連載、次回9月25日頃配信)


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